2016年に読んだ本 ベスト20


 今更だが、去年読んで特に面白かった本のまとめ。2015年に読んだ本の数は134冊。
 コメントは基本的には読書メーターで書いたものをちょっといじったりしたもの。

小説 7
「罪悪」

罪悪 (創元推理文庫)

罪悪 (創元推理文庫)

 一つの短編が20ページ以下のものがほとんどだが、それぞれの短編で描かれるどの事件もどの人物も興味深く短さを感じさせない。
 「ふるさと祭り」や「イルミナティ」のようなビターな結末の短編も、「解剖学」や「秘密」のような思いがけぬ終わり方にくすりと笑える掌編も、または「鍵」や「精算」といったラストであっといわされるような作品も、そのどれもが高品質で印象的なものばかり。その中でも「鍵」が特に好き。
「崩れゆく絆」
崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

崩れゆく絆 (光文社古典新訳文庫)

 19世紀後半、イギリスの植民地支配が始まる直前のナイジェリア東部のイボ人の社会の姿や、イギリスの植民地支配の開始や布教活動によってそれまでの伝統・社会が突き崩されていく様子が描かれている。イギリスが来る以前の伝統的な村の様子が興味深く面白い。
「黄金の王 白銀の王」
黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

 鳳穐と旺廈という二つに分かれた王統とその配下が互いに憎しみあっている島国の翠。翠では一方が政権とると他方を弾圧し、クーデターで政権が変わると弾圧の構図が逆転するということが百年続いていた。そんな時に鳳穐の若き王?は、翠のためにもその長く不毛な争いを止めるため、旺廈の頭領薫衣を説得する。翠のために協力しあうことになった二人は互いを唯一の理解者として、融和への困難な道を歩む。数十年の長く困難な道程の物語。
帰ってきたヒトラー 上・下」
帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)

 死んだ日からタイムスリップして現代のベルリンで目を覚ましたヒトラー。現代に現れたヒトラーはキャラを作りこんだコメディアンと思われて、過激なブラックジョークを発するコメディアンとし活躍し、人気を得ていく。
「家庭用事件」
家庭用事件 (創元推理文庫)

家庭用事件 (創元推理文庫)

 短編集。伊神さんの卒業前の短編。「不正指令電磁的なんとか」こうしたパソコンなど電子機器の知識を活用したトリックはあまり見ないので面白い。最後の短編の「優しくないし健気でもない」今まで語られていなかったことがわかることによる意外な結末。それを踏まえれば、それまでの短編での些細な描写などの見え方や印象が変わるので面白い。
「ストリート・キッズ」
ストリート・キッズ (創元推理文庫)

ストリート・キッズ (創元推理文庫)

 上院議員の家出した娘を探すことになった主人公ニールは、何者かがその仕事を成功させないように妨害していることに気づく。主人公の子供時代からの父同然のグレアムとの交流のエピソードがいい。その父同然の相手をも疑わなければならない状況もあって、感傷的にその二人の交流のエピソードを見てしまうから、いっそう美しく感じる。
「リッターあたりの致死率は」 シドと美樹の交流がいい。誘拐犯の一員のシドが美樹のことを友達だと思っていると伝える。彼が本心から友達といっていることを感じて、美樹は彼を突き放すのに躊躇する。ラストで美樹がシドのことを馬鹿だけどいい人で友達だったといっているのがいいな。

ライトノベル 1
オーバーロード 11」

オーバーロード11 山小人の工匠

オーバーロード11 山小人の工匠

 ドワーフやクアゴア、フロストドラゴンといったファンタジーの種族の視点で、そうした種族の特色や社会のありかたなどが書かれている。以前のリザードマン編もそうだけど、それぞれの種族の特色ある生活風景が書かれているのを見るのが好き。

歴史 4
「維新の夢 渡辺京二コレクション1 史論」

 近代天皇制は実体として利害の体系である市民社会を志向したが、共同体的な正義が貫徹される天皇共同体主義を建前としていた。そうして村落共同体と国家を短絡させることで国民を統合した。しかしだまし得だまされ損にもなる資本制市民社会は、村落や下町的な共同体に属する『共同体的住民の自然的道徳的な法意識』(P17)的には受け入れがたかった。共同体が市民社会の浸透で切り崩されていく中で、市民社会に個として放り出された人々が『共同性の幻を追い続けるとすれば、いまや媒介を欠いて個として天皇に直通するほかなかった。』(P49)
平清盛後白河院
平清盛と後白河院 (角川選書)

平清盛と後白河院 (角川選書)

 平清盛後白河院を中心とした当時の政情・政局が描かれていて面白い。平氏一門は一枚岩に見える。しかし清盛の弟で父忠盛の正室の子である頼盛が一門内で独自勢力としていたし、また清盛の嫡男平重盛高倉天皇が即位すると天皇の生母平滋子の姉時子の子である宗盛が嫡流のようになっていった(彼らの子供では、宗盛の子の方が出世スピードが速い)ということもあって、そこから一門分裂の危機があった。そのように内部でも色々とあったことがわかって面白い。

「「城取り」の軍事学

 その城をどのくらいの人数で守るかで同じ場所でも築く城も変わり、守る部隊の編成や錬度によっても変わる。『城を築いた人間が「どう守りたいか」という防禦プランを地面に刻みつけたものが、城の縄張り。この本では色々な城の防御プランについてや城に関するさまざま々な話が書かれる。
 例えば、青山城で南西の曲輪に厳重な防御を施しているのはその方向からの敵を想定しているからで、南東の曲輪は南西の尾根から攻めてくる敵が攻めあぐねて別動隊を出して来た時に対処するためのもの。その南東の曲輪が単純な構造なのは、戦力の余裕がなく槍主体で単純な動作で守るつもりだったから。また、北の尾根を掘切で遮断していないのは、守りきれないとなったらそこから脱出する予定だった。そうしたことが推測できるということが書かれているので面白い。
「庶民たちの平安京 当時の京に暮らす庶民の多くが貴族の従者や、朝廷が職人や兵士や下働きの下部として雇っている者たちとその家族だった。左京四条以北は高級住宅地になっていて、上流貴族たちの大邸宅が立ち並んでいたが、そうしたところにも庶民たちの暮らす小屋があった。それは主家の貴族が自邸の周辺に宿舎群として用意した小屋で、そこに自家の従者たちを住まわせていた。

自伝・伝記 1
「曠野の花 石光真清の手記 2」

曠野の花―石光真清の手記 2 (中公文庫)

曠野の花―石光真清の手記 2 (中公文庫)

 馬賊頭目の妾であったお花の挿話が印象に残る。彼女はロシア侵攻当初の混乱した状況下で良家の夫人たちを助けたり、真清の仕事を手伝うようになってからは洗濯屋の経営や情報収集をしたり、真清がロシアの警戒が厳しい南下の旅ができるように取り計らったりした。

ノンフィクション 3
「黒檀」

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

黒檀 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

 アフリカのさまざまな国の社会や歴史、そこでの経験などが書かれている。一編が十ページ程度から数十ページの短編ルポルタージュ集。「ザンジバルケニア/タンザニイカザンジバル編)」のような政治的動乱が起きたときの取材記、「ルワンダ講義(ルワンダ編)」のように歴史について非常にわかりやすく簡潔にまとめたものなど、印象の異なるさまざまな短編がある。
不当逮捕
不当逮捕 本田靖春全作品集

不当逮捕 本田靖春全作品集

 公娼制度廃止を阻止しようと赤線業者の組合が贈賄をしていた。読売新聞社会面のエース記者だった立松和博は、その贈賄事件で国会議員が近く贈賄容疑で召喚されると記事を書いたことで名誉毀損を理由に逮捕されることになる。その逮捕の背景にある検察内の派閥対立のことや、著者の先輩記者で戦後の一時期に目覚しい活躍をした立松和博という人物について書かれた。
「鼠 鈴木商店焼打ち事件」 鈴木商店は政府から依頼を受けて米を移入して販売していたが、その仕事は損はしないが儲けも少なかった。そのための船を他で運用したほうが利益はずっと大きいものだった。しかし鈴木商店のワンマン経営者金子直吉が寺内藩閥内閣の後藤内相と親交があった。そのため藩閥内閣を嫌う大阪朝日新聞鈴木商店はこの事態で暴利を得ていると虚構の報道をされる。そうして悪玉とされたが、金子直吉は疚しいことはないと何も手を打たなかったために焼打ちされることになった。

その他 4
「イブン=ハルドゥーン」

イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)

イブン=ハルドゥーン (講談社学術文庫)

 14世紀の歴史哲学者イブン=ハルドゥーンの国家の生成・興亡の理論や、彼が発見した社会学や経済学の諸法則について説明。そして優れた政治家・策謀家でもあった彼の伝記、主著「歴史序説」の抄録などが書かれている。
 19世紀に欧州の学者たちは『ヨーロッパ人が最初に発見したものと信じていた歴史哲学や社会学や経済学の諸法則が、すでに十四世紀のイブン=ハルドゥーンによって論じられ、その多くが解明されていたことを知って、彼らは驚異と感嘆の声をあげた』。
「中世ヨーロッパの武術」
中世ヨーロッパの武術

中世ヨーロッパの武術

 さまざまな武器の多様な技が図付きで紹介されている。全ての技で複数のイラストをつけて説明しているので、どう動いているのかわかりやすい。
 中世の剣術が力任せに振り回す単純なものだったというイメージはヴィクトリア時代に遡る。全ての事象が進歩していくという観念から、フェンシングのような洗練されて技巧的な剣術の前は力任せだったということになり、そしてフェンシングが突きだから、振り回す(斬撃)が劣った攻撃方法とされた。
「図説 金枝篇 上」
図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

図説 金枝篇(上) (講談社学術文庫)

  • 作者: ジェームズ.ジョージ・フレーザー,メアリー・ダグラス,サビーヌ・マコーマック,吉岡晶子
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2011/04/11
  • メディア: 文庫
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 数多の例証に埋もれて見えにくくなっている「殺される神」という主題がわかりやすいようにまとめられたもの。ローマ近郊のネミの神殿では、ネミの森の聖樹の枝(金枝)を手折った者が時の祭祀と一騎打ちをして、その者が祭祀を殺せば、その者が新たな祭司となった。この『ローマ衰亡のころまでネミで行われていた慣習』(P55)について、世界各地のさまざまな例証を見ながら、その慣習には一体どういう意味があったのかが書かれている。
「民衆という幻像 渡辺京二コレクション2 民衆論」 石牟礼道子作品などの小説についての話、あるいは他のテーマについて語られている時について触れられた小説についての話は興味深いので、それらの作品を読みたくなる。また「ポストモダンの行方」では、ポストモダンという思想がわかりやすく紹介されていて面白かった。