パタゴニア

パタゴニア (河出文庫)

パタゴニア (河出文庫)

 紀行文学。パタゴニアはアルゼンチンとチリにまたがる台地。幼少期の著者が祖母の家でパタゴニアから発見されたプロントサウルスの皮を見た。実際はミロドンという1万年ほど前に絶滅した巨大なナマケモノの皮だったのだが、大人になった著者はそんな幼少期に深い印象を与えた土地に行く。
 旅の記録やそのミロドンにまつわる物語だけでなく、さまざまなルーツを持つパタゴニアに暮らす人々の話、土地にまつわる様々な物語が語られる。『あの地域をあちらこちらへ動く記録の中に、それと関わってはいるが直接のその時その場で起こったことではない話題が大量に象嵌されている。彼自身の旅を縦糸とし、かつての他の人々の事績を横糸として編んだ布が『パタゴニア』である。』(P379)
 そして 『『パタゴニア』と『奥の細道』の間には一種の連関がある。芭蕉は歌枕という和歌の概念を元にして自分の旅を組み立てた。(中略)つまり巧妙に設計された旅だった。チャトウィンも自分の中にある興味を土地に沿って書くためにパタゴニアに行ったとは言えないか。』(P382)

 著者はアラウカニアおよびパタゴニア皇太子を名乗るフィリップ殿下と面会する。アラウカニアおよびパタゴニア王国とは、1860年に誇大妄想癖のあるフランス人弁護士オレリー=アントワーヌがチリ共和国政府に抵抗しているアラウカノ族と親しくなり、自分が君主となって国を建国し、パタゴニア人も王国を承認したもの。しかしその後しばらく放置されていた。しばらく後に酒の席でオレリーと最初の村の人々と意気軒昂になり、ときの声が森にこだました。その声を聞いた人の通報もありチリの騎兵がきて県の首府の前に引きずり出され、普通に犯罪者として捕えられて王位の放棄をすることになる。そして彼はフランスへ送還された。
 『それ以後の彼は、人生の歯車を狂わされたほかの君主たちと同じ道をたどる――王国に戻るための冒険小説もどきの試み。うす汚れたホテルでの厳粛なる儀式。金のために行われた肩書の授与(特筆すべきは、彼の侍従をつとめたのがサン=バランタン公爵で、スミルナ大学その他研究機関のメンバーだったアントワーヌ・ヒメネス・デ・ロサだったことだ。)成金の資産家や在郷軍人らの気を引くことも、それなりに成功した。そして何よりも、神の階層原理が王という形で具現化するという、ゆるぎない信念が彼にはあった。』(P40)3回復帰を試みたが、どれも捕まりフランスへ送還された。
 オレリー=アントワーヌが1878年に死亡した後、『アラウカニアおよびパタゴニア王国のその後の歴史は、南米の政治ではなく、フランスのブルジョワたちの妄想の中に生き続ける。オレリー=アントワーヌの一家から継承者が出ないとなると、グスタフ・アシール・ラビアルドなる男がみずから名乗りをあげて、アシール一世として君臨した。』(P40)彼はランス出身で洗濯屋を営んでいた母を持つ阻塞気球の専門家。三代目の王ドクター・アントワーヌ・クロ(アントワーヌ二世)は、ブラジル皇帝に仕えた医者でアマチュア版画家。その後ドクター・クロの娘、その息子と王位が継承された。その次の継承者が著者と会ったフィリップ殿下。妄想と現実がごっちゃになったような話で面白い。
 『祖父はカーナーヴォンの出身だったが、彼女はそれがどこにあるのか知らなかった。
 彼女の持っているウェールズの地図に、カーナーヴォンは載っていなかった。
 「ナプキンに印刷した地図だから、ぜいたくは言えないわ」彼女は言った。
 私はカーナーヴォンの位置を示してやった。彼女はそれを知りたがっていたのである。』(P47)ささやかなエピソードだけど、このエピソード好きだな。
 マーティン・シェフィールドは1900年ごろにパタゴニアに現れたテキサス州出身の冒険家。1922年に彼は生きたプレシオサウルスを見つけたから捕まえようとラプラタの国立動物公園の園長に提案する手紙を出した。そして園長オネーリが記者会見を開き、寄付金を募ったところその未確認存在が世間から大きな反響があり、国外からも注目を集めた。当時行われた選挙にも利用されるほどの注目度だったというのは面白い。
 西洋文明との接触がない伝統社会で生まれ育ったフエゴ島の少年。彼は物々交換しようとダーウィンも乗船していたビーグル号に飛び乗ったところ、同行していた叔父に些少の物品を渡されて、そのまま連れ去られた。彼は英国人からジェミー・バトンと呼ばれて、イギリスで教育を受けた後に帰国して元の生活に戻る。
 そして帰国後二十数年たった後の1859年に彼の故郷であるウライアに建てられた英国国教会を暴徒が襲撃し白人礼拝者たち8人が亡くなる事件が起こり、その事件の生き残りに首謀者はジェミーだと証言される。その後、彼は1870年代に亡くなる。興味深い人物なので彼について知りたくなった。
 著者はミロドンの皮や化石が発見された洞窟に行き、それで旅の一つの目的達成。その後、帰国の途に就く。