天帝のつかわせる御矢

天帝のつかわせる御矢 (幻冬舎文庫)

天帝のつかわせる御矢 (幻冬舎文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
高校生の古野まほろは内戦の満州から日本へ逃れるべく、超豪華寝台列車に飛び乗った。華族、軍人、白系ロシア。個性的に過ぎる乗客の中には、謎の大物スパイまでがいるという。その運命とまほろのそれが交錯する時、連続・列車密室殺人の幕が上がる!青春×SF×幻想の要素を徹底的に追求した古野ミステリのベスト作品が入念に改稿され文庫化。

 前作はかなりの部分まで学園・部活小説の色が強く、それを楽しんでいて、かつラストの真相で超常的なものがでてきたというインパクトもあって、それ以外のことをすっかり忘れていたので、かなり情報が詳しく登場してきて、「読者への挑戦」もあるような推理することが出来る本格探偵小説だということも忘れてしまっていた。あとはこの本でもそうだが、メタな発言を登場人物ががんがん言っているというくらいしか覚えていなかったよ、まあ、メタな発言はこの情報は正しいと確定されるといったような推理の必要のためもあるから、忘れていた本格探偵小説とも結構関連あるんだけどね、それでもそっちは忘れてしまっていた(苦笑)。
 前回があったから、今回は超常的なものに対する構えが出ていたが、個人的には前作の「天帝のはしたなき果実」は部活小説としてもすごく面白かったので、「果実」のほうが好きだな。
 今回出てくるキャラクターはわりとお約束といったありがちな人たちだけど、舞台設定がそもそもファンタジーということもあってか、多少浮世離れしていたり、お約束的なキャラでも全く不自然には感じさせない。しかし犯人探しはしても、乗員が上品な人間というのもあってかあまりギスギスしていないのはいいな。まあ当人が他人がどう思われようとあまり気にしていないというのもあるかもしれないが。
 『二条さんは貴種っぽい寝息を立てはじめた』(P25)という言葉には思わず笑ってしまった。しかしその二条さんに『柏木君は君のおとこの方の恋人だろ?』(P66)といわれるなんて、どんだけ公然と柏木のことを好き好き言ってんだか(笑)。そして、そんな好意がマジな古野と普通に友人していられる柏木も変わり者だよなあ。
 しかし「あじあ」号の社交のために一定の個人情報を開示するとか、まあ、90年代設定で個人情報も緩いけど、謎な機能と思っていたら、よく考えれば探偵小説的な都合からある機能なのかな、登場人物同士がメタい会話しているからそうであっても不思議でないが。
 美奈が生きるためになりすました人って、胴羅の姪っ子だったのか!しかしそのホテル爆発関係者が2人いるということは、なにか真相に関係してくるのかなと思ったら別にそんなことはなかった。
 生体反応、『具体的には出血したり、傷口が開いたり、傷の縁が赤く腫れ上がったり、瘡蓋が出来たり、熱傷が出来たりすることをいうんだけどね、刺創についていえば、生きてるうちに刺されたなら傷口が唇のように口を開けているし、あるいは傷の縁が赤く腫れ上がっているし、あるいは傷の周りの肌には痣のようなものが観察できる。痣のようなものは皮下出血。生体に加えられた傷ならば、傷によって血管が破れて、それが周辺組織に染み透って凝固するのだいたい菖蒲色になる』(P395)生体反応という言葉はミステリとかでよく見かけるが具体的にはどんなものなのか良く知らなかったので、こうやって説明してくれたのは個人的にはありがたかった。
 しかし古野と柏木、自分たちの部屋に遺体の一部が投棄されていたのに、そのことで部屋を気味悪がっていないというのは、実にタフだね。まあ、同じく事件について探偵をして、その部屋に二人に会いにきた金之助や瀬見仁姉妹にも同様なことがいえるけどね。
 「停電」という章では、古野まほろは記憶喪失になって探偵小説(本書)を書いているようだが、峰葉という名前も出てくるから、これは過去なのか未来なのか、それとも世界線が違うのかなんなんだろう。
 しかし最後、事件の真相が全て明かされた後、またあの人物が出てきて大暴れしたおかげで、列車内で起こった殺人事件とは桁が違う死者を出す惨事に。いやあ、語り手である古野も「これ探偵小説じゃあなかったのか」といっているが、そりゃ、そう言いたくなるのもわかりますよ、一体なんというクライマックスシーンなんだ(笑)。