占星術殺人事件 改訂完全版

内容(「BOOK」データベースより)
密室で殺された画家が遺した手記には、六人の処女の肉体から完璧な女=アゾートを創る計画が書かれていた。その後、彼の六人の娘たちが行方不明となり、一部を切り取られた惨殺遺体となって発見された。事件から四十数年、迷宮入りした猟奇殺人のトリックとは!?名探偵御手洗潔を生んだ衝撃作の完全版登場!


 とても有名な小説だが、読んでみようと思ったときには改訂完全版が出ており、それなら改訂完全版が文庫で出るまで読むのを待っていたら、読むのがすごく遅くなってしまった(笑)。あと、例の某マンガでネタバレを食らっているということもあり、時間がそれを経てば忘れるかなという目算もあったのだが、全然忘れないね(苦笑)。というか、より正確に言えばネットでそれがこの小説のトリックを使っていると知って、はじめてああ、トリック知ってしまったよと感じだったけど(笑)。しかし、それは絵で見たときのグロテスクさとインパクトが強烈だったから覚えているが、某マンガもほとんど読まないし覚えている奴がそれくらいしかない(あと解剖で医学生がグロテスクな遊びをしていた云々というのはインパクトが強いので覚えているが)のに、なんでよりによってそれを覚えているのかと我がことながら思うわ。
 しょっぱなから手記で、その手記に特殊な用語がわんさか出てくるとは、なかなかに読む気力をへし折りにかかっているなあ。しかし最初の手記で硫黄島云々と予言めいたものがでているのは、ちょっとなあ、こうした現代の視点から、過去の人に的確に予見させるというのは作者さんの意思というか作り物臭さを強烈に感じてしまうから萎える。
 しかも半分くらいまで、御手洗の家から動かなかったから、最後まで安楽椅子探偵で通して、机上の話で解決まで持っていっちゃうのかと思ったが、後半は一応動いて調べたりもしていて、個人的には推理せずに読み進めていくので、流石にキャラ2人と推理だけという純粋なミステリー要素で構成された小説はちょっと辛いかなと思っていたのでよかった。
 御手洗潔、かなりの気分屋で子供っぽいところはなかなか魅力的だね。そんな御手洗がふさぎこんでいるときに、語り手の石岡は『傍若無人な扱いを受けている私としては、しかしその様子はなかなかに心休まる眺めだった』(P54)と元気がないほうがよろしいくらいに思っているのか(笑)。でも、そんなモノローグで、彼が機嫌がいいときは軽くうざいくらいに、友人である石岡のことをいじっているのだろうなあと想像されるよ(笑)。
 他にもおだてが効いたり、上からな態度な竹腰刑事には露骨に馬鹿にしたりと、非常にいい意味で子供っぽく、読んでいてもいやな奴にへつらってまで行動しないからストレスがたまらないのがすごくいいね!
 梅沢家で平吉が殺されたとき『日本中からあらゆる種類の宗教化が、入れ替わり立ち替わり現れたらしい。』という説明に御手洗は嬉しそうに「いいね」といったのは、あまりテンション高くないのにそんなところでテンション上げているのに笑う。
 しかし御手洗は説明を聞いたあとに解答を述べて、石岡にそれをすごいといわれつつも既に出ている説だと話されると、すねたり、ふてくされているのがかわいいわ(笑)。あと、自信満々に解けた気でいたら、既に他の人がたどり着いた解答だと知ったときに、憤懣やるかたないという風に怒っている、その両方の反応が実に子供っぽくて愛らしい。
 御手洗『隣の袋にはひきたての豆が入っている。君がコーヒーを淹れてくれたらもっと上手い食事になるんだが』直接頼まずに、迂遠におねだりしているのがかわいい、こういうキャラが人気ある(よね?詳しくないから憶測だが)のは分かるわ。
 『要するに御手洗は、私に就職なんてくだらないと言いたかったらしい。性格がひねくれているから、君があまりぼくのところへ来られなくなると淋しいから、就職はやめて欲しいと素直にいえないのだ』(P160)と『淋しくなれば気味もいてくれる、ぼくは一人ぼっちじゃない。この生活がとても気に入っているのさ』(P478)それらの思いに対して石岡も嬉しいと思っているなど、彼らはめちゃくちゃ仲良いなあ。
 一枝殺しの真相は、文次郎手記を読んでいるときにすぐに理解でき、それが完璧に当たっていたから嬉しい。一部でも推測が当たることはめったにないから、たとえあまり難しいネタでなくとも素直に嬉しいわあ。
 しかし御手洗と石岡のホームズについての言い合い、ご両人とも子供っぽいなあ(笑)。そしてこの世界観ではホームズは本当にいたということになっているのか、それとも普通に現実と同じく小説としてあるということでいいのか、どちらなのか彼らの話を聞くとわかんなくなってしまう(笑)。ただ、御手洗の『あの人は変装の名人だったっけ!白髪の鬘と眉をつけて日傘を差してさ、お婆さんに変装してよく街の中を歩いたんだろう?ホームズの身長がいくつか知ってるかい?六フィート少しだぜ。一メートル九十近いお婆さんがいて、こいつが男の変装かもしれないと思わない人間がこの世にいるのかしら。』(P256)というご指摘は、確かにそうだね(笑)。そう考えると、ニコニコ動画で投稿されている「本当にあったSAN値が下がるクトゥルフTRPG」のマルコの変装って、そのパロディという面もあるのかなとも思ったりする。
 竹越刑事、なんて横柄な警察官だろうと思ったが、キャラ立っているし最後のほうにもしゅんとして、出てきたから次作以降も出てくるだろうな。
 御手洗が「千人に一人くらいは立派な女性もいるだろうと考えている。自分の損得だけではなく、他者の利益を考え、自分へのその見返りは計算に入れないようなね」といっていることに、石岡が「千人はひどいだろう!?せめて十人くらいに確率を上げる気はないのか?」といっているが、たぶん御手洗は男性でも女性でもそんなに立派な人はめったにいないと考えて発言したのだと思うが、石岡は女性に夢を抱きすぎている(だって、十人というのはねえ)のかその含意が読めていないのが少しくすりとくる。
 御手洗、謎が完璧に解けたときに喜びから雄たけびを上げて、周囲が見えなくなり常軌を逸した行動をとっているのは、いくら普段から振り幅広く子供っぽい人だとしても、石岡じゃなくても彼の正気が不安になるよなあ。しかし、そんな姿を見せていたにもかかわらず御手洗は『ぼくは地道な捜査の末たどり着いたんじゃないからね、彼女を前にした時も、ああ苦労したなあという感慨も別段湧いちゃこなかったし』と強がりを言っているが、彼のその台詞で、白鳥は水面の下で云々という言葉が連想された(笑)。
 京都で二人を泊めてくれた江本君と石岡の二人で「占いなんて偏屈老人の仕事ですから」「まだお若いのにねえ……」「お気の毒なことです……」と言う別れの挨拶を、御手洗の目の前でやっているのには笑う。
 しかし江本君、すごい善人だなと思っていたら、あとがきを読むと、モデルの友人がいるのか
 解決編、わざわざ戦前の事件にしたのは理由あってのことだったのか!そして「人間一人何十年も生きてきて、そのすべてを消し去ろうと決心したんだ。あらゆる、それこそ数えきれないほどの事情がある。それをこんないい加減な調子で待ち構えている連中になんて説明するんだ?はたして説明する必要もあるのかしら?黙って死ねばたくさんさ!君だってはたして例外かな?死に方をうんぬんするくらいだから、自殺の理由はもう解ってるんだろうね?」(P474-5)という御手洗の台詞にはそのとおりだと膝を打つ。
 そして犯人の遺書には思わず涙ぐんでしまった。最近どうも涙もろくていけないなあ。
 あと改訂完全版あとがきの、この本の海外への影響について水から語ったところは、解説とかでそのくらいのことを言うのならともかく自分で言うのは、ちょっと自画自賛が過ぎるんじゃないかと感じてしまう。