工学部ヒラノ教授

工学部ヒラノ教授 (新潮文庫)

工学部ヒラノ教授 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

朝令暮改文科省に翻弄され、会議と書類の山に埋もれながらも研究、講義に勤しむ工学部平教授。安給料で身体を酷使する「女工哀史」さながらの毎日。累々たる屍を踏み越えつつ頂上を目指す大学出世スゴロク。そして技術立国日本の屋台骨を支える「納期厳守」「頼まれたことは断らない」等エンジニア七つの鉄則。理系裏話がユーモアたっぷりに語られる、前代未聞の工学部実録秘話。


 HONZで言及されていたのを見て面白そうと感じたところちょうど文庫化したので読了。HONZで紹介されていたのだからノンフィクション系の本だとは思っていたが著者名が今野さんでタイトルが「ヒラノ教授」なので、読む前は小説風というか名前を仮名にしている、あるいは小説仕立てにしているがノンフィクションというような形式の本かと想像していたが、実際は「平野教授」ではなくて「平の教授」(平教授)という意味で、案外普通にノンフィクション、回想記・自伝みたいなものだった。
 冒頭で中央大学では特任教授になるためには外部から1000万以上の資金提供を受けるのがルールなので、特任教授になりたくてもなれないと言っているが、他の大学の例は知らないけど中央大学では特任教授にそうして外部からの資金提供が必要というルールがあるのかと感心したが、他の大学ではどういったルール・ハードルを設けているのかなと少し気になる。
 しかし東京教育大学(現筑波大学)が筑波に移転したとき、今のつくば市茨城県新治郡桜村だったというのは衝撃、大学が村にあるというのはなかなかイメージが合わなくて困惑するよ。バスが30分に一本しか出ないところに大学を移転した思い切りの良さというか無謀さには呆れる。
 しかし学者という世俗とはちょっと異なる世界であっても教授のポストとかそういうのをえらく気にしているのを見ると、ちょっとガッカリしてしまうなあ、まあこっちが勝手に幻想を抱いているだけなんだけどさ(苦笑)。
 『永井陽之助教授は、現実主義の国際政治学者として、京大の高坂正堯と並ぶ論壇の重鎮である』(P57)とあったが、高坂さんの著作は以前から読みたいと思っていた(まだ読めていないが(苦笑))ので名前は知っていたが、永井さんはその高坂さんと並ぶほどの人なのに名前も知らなかったから名前は頭の片隅に入れておこうかな。とりあえず、その永井さんに入手容易な新書・文庫の本があるかだけでもamazonででも調べておこう。
 日本の大学では主任が順番に回ってきて、主任になると500時間が雑務にとられるため、主任が回ってくるたびに雑務をこなすために研究に費やす時間が削られるが、アメリカの大学では事務能力の高い人が継続的に主任になるというのは、それはアメリカ式のほうが効率的だなあ、特に理数系の世界では研究させずにしょっちゅう主任やらせるのはもったいないと思ってしまう。
 天才的な学生のエピソードで、平均・絶対偏差モデル(MAD)のバリエーションとして今野さんは下半MADモデルを考案して、授業でそれを紹介したら、一番前に座っていたS君という学生がそれはMADモデルと同じではないかと指摘して、今野さんが正規分布に従うときはそうだが一般分布のときにはそうでないと言ったが、直観的にいって両者は同じものといったので、今野さんはS君に直観が正しいことを証明してくださいと言ったら、黒板に式を書き始め数分後に今野さんは下半MADモデルがMADモデルと同じことに気付いたというのは思わず目を向いてしまうほどにすごいわ。そして、それにショックを受けて今野さんは下半MADモデルのことを考えることをやめたが、その考えを進めていけばのちにポーランド出身の2人の学者が証明して348編もの論文に引用されているMADモデルに関する大定理を証明できたかもしれないと悔しがっているのが、なんだかちょっと微笑ましいなあ。
 本文中に「なお(やや信頼性に欠ける)ウィキペディアによれば」という文が出てきたのには、括弧で信頼性に賭けると入っているが、ウィキに書かれている内容について述べるというのは意外すぎて思わず吹いてしまった。
 アメリカでは修士をとるのに修士論文はいらないが、多くの講義と宿題をこなさなければならず毎日12時間の勉強をする、日本でも同じくらいの勉強はするようだが、アメリカでは基礎知識を広く習得させてその学問について「わかった感覚」を身に着けさせることでその後の研究を進めるのに非常なのに対して、日本では先端的研究についての勉強(そしてその下働き)をさせられるというのを見ると、アメリカの方がいいなと思える。しかし大学院生(理系という括弧がつくかもしれないが)というのは毎日そんなに勉強するものなのか、おみそれしました。
 日本は高等教育に対する支出がOECD28カ国の中でワースト2という事実を見ると、ただでさえ効率が悪い悪いと本書でも指摘されているのにそうしたことを知ると、日本の未来が不安になるよ。しかもただでさえ研究に費やせる時間が少ないと嘆いていたのに文庫になるまでの期間の経過で、さらにその時間が減っているようなのはなんだか気が滅入ってしまう。
 非常勤講師で週一の授業90分1コマで、5000円から1万円の報酬というのはなかなか世知辛いなあ。