絶対貧困

絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)

絶対貧困―世界リアル貧困学講義 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

絶対貧困―世界人口約67億人のうち、1日をわずか1ドル以下で暮らす人々が12億人もいるという。だが、「貧しさ」はあまりにも画一的に語られてはいないか。スラムにも、悲惨な生活がある一方で、逞しく稼ぎ、恋愛をし、子供を産み育てる営みがある。アジア、中東からアフリカまで、彼らは如何なる社会に生きて、衣・食・住を得ているのか。貧困への眼差しを一転させる渾身の全14講。


 この本はいつもの石井さんの本のように取材して、それを書いたというものではなく、今までの経験を纏めて副題に「講義」とあるように講義形式でまとめた本で、語りかけるような形式で、世界の絶望的な貧困についてが書かれている。
 イスラムの国ではポルノが厳しく取り締まられているため、イスラム教徒は欲求不満になったときは、キリスト教徒の貧民が住む場所に行ってAVを借りるというのは、たかがAVにやたらと大仰だなと変に感心してしまう。しかし大人なのに中学生がエロ本やAVを買うかのような雰囲気なのは、なんだか変に微笑ましいような(笑)。そんな国でも売春婦を出演させて作った国産のビデオがあり、石井さんが買ってみたバングラデシュのそれでは『女性が裸になって横たわりながらポテトチップスをかじり、その上に男性が乗って一人でハアハアと喘いでいる』(P29)というのはシュールだな。もしかしたらそれはMにはたまらないのかもしれないが(笑)。
 フィリピン・マニラのスラムの酒屋で錆だらけの鉄が蟲の死骸が入った自家製の酒を勧められて、信頼獲得のために、酔っ払いたちと一緒に飲んだせいで、(当然のことながら)下痢をして10日で10キロ痩せたというのは本当に命削っているなあ、石井さん。しかしその酒を普通に出しているということは、そのスラムに住むような人はそれを飲んでも腹を壊さないどころか、金を払って飲んでいるというのだから呆れる。それも1人2人ではなく、小なりとはいえ酒屋として商売になっているほど客が居るんだもの。
 しかしスラムの住人も特段免疫力が強いというわけではなく、『実際は、スラムの住人たちもそれによって感染症にかかり、バタバタと死んでいるのです。ある程度の年齢まで生き残っている人たちは、たまたま免疫力がつよく感染症にかからなかった、あるいは感染したことはあっても運良く悪化しなかったという人ばかりなのです。つまり、スラムでは、免疫力のある人が生き残るという「自然淘汰」がなされている』(P51)ということは全く知らなかった事実なのでちょっと衝撃を受けた。
 鉄道沿いのスラムで石井さんが寝泊りしていたとき、その家では金がないからカロリーのない野菜を買う余裕がないから、カロリーの高いチキンを毎日食べてビタミンは錠剤で補う食生活を送っているというのは本人の趣向でなく、切実な金銭的問題のためにそんな食生活を送っている人がおり、またそこでは仕事がなくカロリーを摂取するため太っていき肥満になる人も多い。そうした貧困層の肥満はアメリカだけではなく、アフリカのスラムやフィリピンのスラムでも同じ現象が起こっていたとは知らなかった。
 途上国の人々がゴミを路上に投げ捨てるのがそれは『「廃品回収業者にくれてやる」という意識でごみを投げ捨てている』(P59)というように、モラルとかそういった問題ではなく、それなりの意味があってゴミを路上に捨てているというのは驚いた。
 南アフリカで、外国人労働者が非常に低賃金で働いているため国民の仕事が奪われ、石井さんが南アフリカに滞在していた2008年に暴動が起こったが『長年つもりにつもった怒りが些細なことをきっかけにして人々の心の導火線に飛び火し、「この機会に外国人を殺せ、追い出せ」という機運が生まれたのです。そうして貧しい地元住民たちが自分の不遇を全て外国人のせいにして襲撃したのです。(中略)ただ、群集心理というのは面白いもので、熱するのも早ければさめるのも早く、ある日突然これまで怒り来るっていた人々がケロッと普通の表情に戻り、何食わぬ顔で恋人といちゃついたり、軒先でお茶を飲んだりしはじめるのです。』(P83)こうした描写を見ると、中世ヨーロッパでのしばしば発生していたユダヤ人への虐殺というのもこういう風に行われたのかなと感じた。
 公立病院では軽い病気なら治してもらえるが、手術が必要な病気であるならば手術費が必要だが、路上生活者はその手術費を払えないし物乞いしてもその費用に届かないし、癌などではその間に転移してしまうので、アジアやアフリカでは伝統治療や呪術に縋る。まあ、そうした状況で諦めないのならそうした選択をする(しかできない)のは悲しいことだけど、人として自然なことだ。だからといって、効果のない民間医療を称揚するつもりはないけど。
 途上国の商店街に並ぶ店の中で全くお客が入っておらず、一日中寝ていたり、友人とお茶を飲んでいたりするところがあるが、そうしたところは貧しい人に商品を渡して歩合で物売りをさせてその売り上げで生活しているというのはなるほど、そういう構造になっているのか。
 戦争の際にストリートチルドレンが誘拐されて兵にされることもあるが、ストリートチルドレン自らが一般市民以上の報酬と一人前の人間(兵士)として扱ってもらえるからと戦争に参加することもあるというのは切ないな。