革命の終焉 小説フランス革命18

内容(「BOOK」データベースより)

盟友デムーラン、ダントンらを処刑台に送り、喪失感に苛まれながらも革命の完成を目指すロベスピエール。最高存在の祭典でフランス人民がひとつになり、対外戦争でも大きな勝利を収めたが、行き過ぎた粛清が恐怖を呼び、公安委員会が分裂。ロベスピエールサン・ジュストに逮捕状が―。革命は成ったのか。全てを懸けた男たちの運命は。毎日出版文化賞特別賞受賞の歴史巨編、ついに完結!


 前回サン・ジュストの手際もあってフランス軍オーストリア軍を押し返して、当面の軍事的危機を退けることに成功した。しかしその頃、首都パリでは山岳派の首魁であるロベスピエールがダントンらを処刑したあとは弱腰になりはじめていたため、ビヨー・ヴァレンヌやコロー・デルボワなどが公然とロベスピエールを独裁者だと当人に面と向かって批判をしはじめていた。
 そうして戦場での危機が遠のいたこともあり、現政府への支持も高まっていたが同時にもはや危機は脱したのだから恐怖政治はいらないのではという恐怖政治不要論の声が囁かれ始めていた。
 ジロンド派という議会の多数派、あるいはエベールやダントンといった大物がいたからこそ政争になっていたが、対立する人々の間に核がない、大物がいないので、告発が弾圧と同じことになってしまう。それで弾圧だ、独裁だと騒がれることになる。
 そうした批判に対してロベスピエールは脅しで釘をさしはするが、ダントン派を処刑した後悔がまだ残っているため告発を避けて、自発的な改心を願う。しかしそうした脅しにより、自分が告発され逮捕されるのではないかという恐怖が政界に蔓延。そこでパリ市第一助役のパヤンは、責められる乱行が明らかなものだけを告発することで、他は安心するしそれで基準を示すことで改心するか身を慎むだろうという提言をし、それにサン・ジュストも賛成する。しかしロベスピエールは告発することを避けよう、避けようと及び腰になり、現実的な、あるいは強権的な、リーダーシップが取れなくなっている。恐怖政治は恐怖を必要としたのに、ロベスピエールは恐怖を与えるために大鉈を振るうことを拒否し、漠然とした不安感を大勢のものに与えるほのめかしだけで恐怖政治の枠組みで政治を進めようとしている。そしてそれは当然失敗に終わる。
 そのように敵を明示しない中、脅しだけをして、恐怖と疑心暗鬼が政界に蔓延していき、極度に緊張が高まった状態が続くことで政権を掌中におさめているロベスピエール派の座がぐらついてくる。
 既に告発されてもおかしくない乱行をやらかしている人たちが保身のためにしているのを筆頭に、恐怖政治を終わらせるための工作に動いている。しかしロベスピエールがそんな状況で好きに工作に動けている。そのような状況に危機感を覚えたサン・ジュストは、なんとかそうした恐怖政治を終わらせたい風潮が蔓延させたくないが、現在ロベスピエールは強健をふるえない状況となっている。そのため最近ギクシャクしている公安・保安委員会と渡りをつけて和解に動き、その力を結集させることで改めて議会を締め上げることを狙う。
 そうしたサン・ジュストの和解に向けた策動もあって、実際に和解に一旦こぎつけることができたが、その数日後に5人から6人の小悪党どもを叩き潰すといったクートンの演説がなされたことにより再び緊張感が高まり、和解ムードが雲散霧消する。
 そうした中でロベスピエールは久々に議会にたち演説して、大きな拍手を得るもそれは半ば恐怖からのもので、告発をする者の名前をあげよとの声があがる。他の議員からすれば告発を予告したような演説だったのに、その対象となる名前を出さなかったために議員たちの恐怖の度合いがさらに強まっていく。そのように久々のロベスピエールの議会での演説はかつての演説のさえもなく、ただ議員にいらぬ恐慌をもたらすというロベスピエール派にとっても最悪の結果をもたらしただけで終わる。
 そうなったことで、もはや明白で深刻な対立関係になったと見て、ぴりぴりとしたムードが漂い始めるが、ロベスピエールは未だ脅しのみで改心してくれるだろうという夢想を抱いている。しかし恐怖と猜疑心による恐慌をきたしてヒステリックになる人もでてきている。
 サン・ジュストはそんな中にあっても和解はかわらないといい、平然とした態度をとることで、まだ一線を越えていない軌道修正できることを自らの態度であらわす。
 ロベスピエールが象徴する理想を守り、妥協的な動きもしはじめているサン・ジュストは気が付くと、かつて否定したダントンのようなポジションとなってしまっている。
 サン・ジュストの演説中についに告発がなされるのではないかと恐れた人々が反旗を翻し、そしてその日のうちにロベスピエールたちの逮捕についての評決がなされて、ついにロベスピエール派の主要メンバーが一挙に逮捕される。
 それに対してパリ自治委員会は蜂起を宣言し、逮捕されたロベスピエールたちの身柄を奪取して反乱を企てる。ロベスピエールはいまいち乗り気でなかったものの、革命を、理想を大事にしているという点では議員連よりも彼らのほうがずっとそうだということがわかり、蜂起に参加する。しかし理念に中途半端にこだわって、議会に対して武力で攻撃することや、即断即決して対決に持ち込むことができなかった(特に指示なく長く待たされ、雨になったということで集った民兵がかなり帰ってしまった)こともあってこの蜂起は一日で鎮圧されて、失敗に終わる。(テルミドール九日の反乱)
 ロベスピエールは逮捕前に自殺を図ったが失敗。
 蜂起失敗の翌日に彼らは処刑された。サン・ジュストは死の前でも最期まで凛としていて美しくありつづけた、革命の価値、理想の価値を見せ付けるために。
 ロベスピエールたちの死で恐怖政治は終わり、そして革命は挫折した。
 ロベスピエール派の処刑は数日のうちに百人を超えたが、そのやり口が恐怖政治時代と変わらないと批難の声があげられたことで、それからは半年で50人と処刑の判断は慎重に下されるようになった。そうして恐怖政治の時代は終焉を迎えた。