万国奇人博覧館

万国奇人博覧館 (ちくま文庫)

万国奇人博覧館 (ちくま文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

ドイツ嫌いのあまり「ドイツ民族の多便症」なる学説を発表したフランス人学者。戦闘で失った片脚を国葬にした大統領。芸術作品のある部分にイチジクの葉を貼って廻った役人―無名の変人から、ゴッホ、ルソーといった有名人まで。あるいは「聖遺物」「迷信」といった各種事象や営み、特筆すべき「最期の言葉」などを収集。人間の業と可能性を感じさせる「超絶の人生」カタログ。


 さまざまな風変わりな人物についての話や、奇妙な事件の話を集めた本。資料的に仕方ないのだろうけど、欧米の人々がほとんど。まあ、他の文化圏の人について奇人性が判別しかねるということもあったのかもしれないが。ちなみに日本人は3人ばかし(「嚥下師たち」では賭けで多くの異物を呑みこんだ男、「大屋政子」常に写真家とビデオカメラマンを引き連れ、夜ほとんど眠らずにその日に取った自分の映像を見いる人、「徳田サネヒサ」三角形の物に強く執心し、コレクションした男)が採録されている。
 『奇人とは、通常において通常でない人、伝承でなく電気の人、そぶりでなくナマの生を生きた人、裏表のない、どっしりとした、紛いものでない人である。』(P32)
 さまざまな種の奇人の奇行(変わった行動様式)のエピソードを切り取るのではなくて、その項で扱われているその人物がどういう人物かというプロフィールについても書かれていて、また基本的に一人の人物について一つの項で扱うが、一つの奇行の類型について一つの項で扱っていることもある。そうしたことが書かれている人物百科。そうした人々の個性だったり、印象的な挿話や描写が多くあったりするのが非常に面白い。
 また奇人ばかりではなく、その人物が何か奇行しているわけではないので、本書で扱われているけど奇人ではない、奇妙な事件についての話もいくつも採録されている。
 例えば「エスピノサ」のように、母が彼を産む前に死んだと思われて墓に埋葬されかけたところで意識を回復して、王に疎まれた彼は病で意識不明になると急いで死の判定を下して、遺体の保存処置という名目で、心臓が動いている彼の「遺体」保存処置を行ったという話。あるいは「カスパール・ハウザー」のように1828年、16歳の時にぎこちなく歩いているところを保護された監禁され、虐待されて育ったらしい彼は、『人間のことも社会のことも、また道具や家具のことも、すべてよくわからない風であった。』(P171)そして、どうやら彼はハンガリー貴族の子供ではないかと思われた。そんな彼の存在を知ったある貴族が彼の出生を調査していたが、1833年に彼はお前の過去を教えてやると言われて約束の時間に行ったところをナイフで刺されて死亡したというような、その最期を含めて数奇な人生、ミステリアスとしか言えないような話など。
 「スールック」19世紀半ばにハイチの皇帝になった彼は、徹夜で作ったボール紙製の王冠で戴冠し、自らハイチ皇帝となることを望みそれを得たのに、その戴冠時の演説のときに『大声で<自由万歳!><平等万歳!>と叫んだ。』(P352)そして高官にも位階を与えたが、それは次のような名前だった『穴ぼこ菓子公爵、レモネード公爵殿下、金ぴかのラザロ大公、イタイイタイ殿下、マーマレード殿下、浣腸侯爵、小穴男爵、汚穴男爵等々。』(P353)さらに近衛歩兵隊の帽子につけた記章が利用済みの缶詰を再利用してつくったものだったとか、カオスで事実なのに、にわかには信じがたいような喜劇的な様相だ。
 彼の他にも「フランシア」などラテンアメリカの独裁者が本書に収録されていることを見ると、ラテンアメリカマジックリアリズム絵空事でなく、リアルなものだというのがちょっとわかる。
 さまざまな新興宗教などの預言者のような人物がでてくるが、結構出てくるので案外普通なのかなと少し勘違いしてしまう(笑)。
 『執事が贈り物の箱を一つひとつ手渡す。それを開けるたびに男は喜色満面。中からは宝石や時計や電子機器、それに豪奢な服といった、素晴らしい品ばかり出てきた。すべてを開け終わると男はプールサイドで、これまた一人でディナーを食べ始める。そのわけというのはこうだ――。
 やもめ暮らしのこの人、物忘れがひどい。毎年クリスマスが終わると自分用に、来年のための贈り物を自分で買い求める。それらを隠して置き、ぎりぎりになったクリスマスツリーに飾るのが執事の役目で、こうして毎年クリスマスになると男は昨年何を買ったのか忘れてしまっており、自前の贈り物を手に狂喜するという次第。』(P151)この話は微笑ましくて好きだな。自身の記憶力が悪いことすら、楽しみの種にしているというのはいいね。
 『シャーンが著した『ヨーロッパ文明の一般および統計学』によれば、十八世紀の終わりごろ、パリとベルリンに≪自殺クラブ≫があった。会則によると会員は自殺の義務を負い、年度年度の自殺候補は会員が「選挙」で選んだ。ベルリンのクラブの方が長く続いたが、これも1819年、最後の会員が自殺して自然消滅した。』(P203)嘘か真実かわからんが、ショートショートにでもありそうな突飛な設定だ。実在したのであれば現実は小説よりと言う言葉通りの話だな。
 美女ポール、フォントネル男爵夫人(1518~1610)。『外を歩くたび大勢の賞賛者に囲まれ、そうした毎日の喧騒に疲れ果てた彼女はとうとう散歩にも出なくなってしまった。すると屋敷近くの迄に群衆が大挙するようになり、それがしばしば暴動騒ぎにまで発展するようになった。ついにツールーズ市当局は美女ポールに対して公式の通達を発し週に二回、顔を覆わずに市街を歩くよう命じた。』(P511)というのはすごい話だ。年をとってもその美貌への賛美は変わらず続き、『ポール・ド・ヴィギエは瞬時も同時代人の称賛を失うことなく九十二歳まで生き』(P511)た。
 16世紀後半フランス、ある村で8年間失踪していたマルタンを名のる男が村に帰り、妻に迎えられて新たに子供をもうけた。しかし帰還から3年後、彼が偽物だとする噂が立ち裁判となる。さまざまな証言の内容が対立して混乱していたが、マルタンが論戦を有利に進めていたところ、最終的に本物のマルタンが登場して、軍隊で知り合って彼になりすました男アルノー・デュ・ティルの正体を暴いて、偽マルタン(アルノー)は火刑になった。まるで物語かのような劇的な挿話で面白い。