火星の人

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

火星の人 (ハヤカワ文庫SF)

内容(「BOOK」データベースより)

有人火星探査が開始されて3度目のミッションは、猛烈な砂嵐によりわずか6日目にして中止を余儀なくされた。だが、不運はそれだけで終わらない。火星を離脱する寸前、折れたアンテナがクルーのマーク・ワトニーを直撃、彼は砂嵐のなかへと姿を消した。ところが―。奇跡的にマークは生きていた!?不毛の赤い惑星に一人残された彼は限られた物資、自らの知識を駆使して生き延びていく。宇宙開発新時代の傑作ハードSF。

 去年話題になっていたのに今まで読んでいなかったことをちょっと後悔するくらいの面白さ。主人公のパートは日記形式で書かれて、途中から彼の生存を知った地球側が彼を救い出すべく動いている話が交互に書かれる。
 火星に取り残された当人のシリアスに仕切らずに常に笑いを入れてくるようなキャラクターもあって、極限的な状況ではあるが重苦しさがなくてとても読みやすい。
 火星探査のミッション中、大きな嵐がきて危険となったため探査を中断して地球へと帰ることになった。しかし宇宙船へ赴く途中で、嵐で千切れたアンテナがスーツを貫きそして主人公マーク・ワトニーの身体をはじき飛ばした。そして死亡が推定されたことと、嵐で宇宙船が傾いて危うい状態となっていたこともあり仲間のクルーは飛ばされた彼を発見することを泣く泣く諦めて地球への帰途につくことになった。しかし死亡したと思われ主人公だったが、実際は幸運にも(あるいは不運にも)万死に一生を得て火星に一人取り残されてしまった。そんな宇宙飛行士の主人公が生き残るために色々な知識を生かし、創意工夫する物語。
 ミッションを途中で取りやめて帰還したために残っている多くの機材や備品を利用して、なんとか生き抜こうとして創意工夫やチャレンジしているのを見るのが面白いし、わくわくする。
 4年後に火星に人がやってくるのを待ち、そこで連絡を取ることができれば救助してもらえるかもしれない。しかし1月持つように設計されていないハブ(居住する場所)でそれ以後の安全性は不透明で、1年分しか食料がないという極限状況ながら、それでも最初から悲観して諦めずにできるだけそのときまで生き延びるために努めてみますか(いざとなったらモルヒネで楽に死ねるし)というような軽い感じで、飄々と色々と取り残された火星での生活をはじめているのはいいね。主人公が精神的に安定しているから、変に重苦しくなったりせずに単純にどういう工夫を見せてくれるのかとワクワクした感じで読めるし、トラブルに即興で対処する能力が高いから、少々トラブルが起こっても彼なら切り抜けてくれるだろうという安心感もある。こういう明るい語り口の物語で、主人公を殺しにこないだろうというメタ読みもあるけど。
 現状の食料ではぜんぜん足りないから、なにか食料となるものが必要だが、火星ではバクテリアがないから火星の土では水があっても農作物が育てられないが、自分の排泄物と火星の土を混ぜることでバクテリアを繁殖させて、その土でジャガイモを育てたり、猛毒のヒドラジンを分解するというかなり危険な行為をして水を作ったりと、そうした火星と言う特殊な状況下でのサバイバル、その日までに生き残るのに必要なカロリーや(ジャガイモを育てるのに使う)水を計算して作っているのが面白い。外で何かをとることができないからそうした計算が必須となるのだが、それも普通のサバイバル的な話とは違って、水場を見つけたり食料見つけたりと言うような予期せぬ幸運や発見がないから自分の科学の知識と思い切りと対応力でどうにかしなければならないというのは、面白い。
 地球パートでは彼の生存を知ったNASAの対応とか国内の反響が書かれていて、それもまた面白い。
 色々と制限があるがワトニーと地球側で交信ができるようになったときの地球側の興奮した様子は読んでいるだけでもうれしくなってしまうほどの歓喜でいいね。
 ワトニーが一人で奮戦しているさまを、交信するすべもなくそれをどきどきしながら見守っていた地球サイドの話も面白いが、地球・火星間で円滑なコミュニケーションが取れるようになってからもまた面白い。
 アクシデントが起こって、交信当初に思っていたよりも助けるための日にちがなくなって、それで急ピッチでワトニーの救出あるいは延命のための計画を立て直すことになる。しかし急ピッチで進めたために、その計画は失敗して万事休すかと思われた。しかし中国から思いがけぬ助けの手が入り、再びワトニーを助けるチャンスが生まれる。
 そのワトニー救援の計画はクルーが打ち上げた物品をキャッチし、火星へと再帰還してワトニーを連れ帰るという作戦になる。その計画を当初地球側は反対していたが、その作戦が一番いいことを知ったクルーが謀反を起こして、航路を地球から火星へと戻るルートに変えたことで、地球側もそれを追認してその計画をとることが決定した。覚悟を決めたクルーたちと家族との対話が書かれるが、そこでは各人の覚悟のほどが知れていいね。
 しかしダクトテープ万能。
 最後、仲間たちが迎えに来る場所へ長距離移動する際にもトラブルに見舞われるが、持ち前の機転で切り抜ける。
 色々無茶なことをすることになったが、結果的に大団円、ハッピーエンドでよかった。まあ、その後のエピローグ的なエピソードもあったら見たかったという気持ちもちょっとあるけど(笑)。
 しかしこの小説は、もともとはwebで公開されていた小説だったのね。そういわれれば、さくさくと進むストレスのない展開はいい意味でweb小説っぽいかな。まあ、アメリカのweb小説がどんなものかさっぱり知らないのだけどね(笑)。