百代の過客<続>

内容(「BOOK」データベースより)

西洋との鮮烈な邂逅で幕を開けた日本の近代。遣欧米使節、諭吉、鴎外、漱石植木枝盛、子規、啄木、蘆花、荷風―。有名無名の人々が遺した三十二篇の日記に描かれる、幕末・明治という日本の「若い時代」に現出したさまざまな異文化体験。そこに浮かび上がってくる、日本人の心性と日本人像、そして近代日本の光と陰。日記にみる日本人論・近代篇。

 この本では主に明治期の日記を取り上げて、語っている。そして『このシリーズには、いわば統一的なテーマがある。日本人が、長期の鎖国の後で、日本人以外の民族と、初めて接触した時の体験である。』(P754)
 そのテーマはそのテーマで面白いけど、そうした一つのテーマがあって、そして時代的にも前回よりかなり限定されていることもあって、似たような話が多くなり、前回よりも多様性が薄れたかな。まあ、同じような状況での個々人の個性なんかを見たり、総合的に当時の日本人がどう反応したかをみるためにはそうした同じようなものが多くあった方がいいのかもしれないけどね。
 また、洋行について書かれた日記と文学者やかなりの著名人の日記が多い。
 1章では使節などで洋行した人の日記を、2章では北海道や沖縄そして清(中国)それぞれの旅行記的なものを扱う、そして3章では森鴎外夏目漱石新島襄が留学したときを書いたものを、4章では木戸孝允植木枝盛という政治家の日記についてが扱われる。次に5章では女性の書いた日記が、6章では独歩・啄木・子規の日記が、そして最後の7章でも文人等の日記が扱われている。
 そうやって同じような日記ごとに章がまとまっている。しかし欧米の文化と出会った当時の日本人がどう反応し、対応したかというテーマになっているので、そうした話が多い。それは面白いし、そうした話はわりと好きだけど、こうも量が多いと途中でちょっと飽きてくるな。また似たような話がまとまっているのでそうした点でも飽きやすい気がする。
 もちろん欧米の文明を摂取することが当時の日本の大テーマで、そうしたことについての日記が多く書かれているだろうから、(たとえテーマがそうでなかったとしても)明治期の日記について紹介するとなるとそうしたものが必然的に多くなるのもわかるけどね。
 好奇心が強く遊び人である成島柳北の欧州旅行中の日記『航西日乗』の話は面白かった。まあ、人間的にはちょっとあれだけど(笑)。また、『桟雲峡雨日記』明治人の中国旅行記も、幕末に北方を旅した松浦武四郎旅行記について書かれているところも面白いし、好きだな。
 鴎外、外国の生活と習慣にすんなりと馴染むことができたようだ。
 『小梅日記』幕末から明治にかけての女性の日記。こうした西洋からの影響をあまり感じさせない内容のようで、身の回りの日常とかあるいは当時起きた大事件についての風聞・噂話について書かれているのは面白い。こうした当時の人々の暮らしの雰囲気を感じさせるような普通の日記的なものは結構好きかも。
 『一葉日記』死の床にあって日記を焼くようにという遺言があったというが、その日記には文学的作為あり、いずれ上梓したいと思って書いていたようだ。
 『もし日記が本当に焼き捨てられていたなら、私たちの手元に残ったのは、ただ彼女の書いたもの――少しばかりの短編とあまり感心しない数多くの和歌――そして彼女をじかに知っていた人々によるゴシップと思い出話だけ、ということになったであろう。そして今日の偶像化された樋口一葉も、たぶん存在しなかったはずである。日記を読んでみて、これは削除したほうがよかったと思われるような記述は、一日、いや、一節たりとも見当たらない。』(P419)それほど、この日記は夭折した一葉の神話をつくるのに大きな役割を果たしたようだ。しかし今日の一葉の評価について、日記の影響がそれほど絶大だとは知らなかった。
 『他の多くの天才とはちがって、一葉は、生きていた愛だから、その才能を十分に認められた作家であった。とはいえ、認められる前には多大の苦しみがそれに先立ち、またそのあとも、せっかくの名声を十分享受する間もなく、この世を去らなければならなかったのである。』(P448)生きている間から十分に認められていたのね。
 個人的には前回の平安・鎌倉時代の日記についての話が一番おもしろかったかな。