薔薇の名前 上

薔薇の名前〈上〉

薔薇の名前〈上〉

内容(「BOOK」データベースより)

迷宮構造をもつ文書館を備えた、中世北イタリアの僧院で「ヨハネの黙示録」に従った連続殺人事件が。バスカヴィルのウィリアム修道士が事件の陰には一冊の書物の存在があることを探り出したが…。精緻な推理小説の中に碩学エーコがしかけた知のたくらみ。

 以前から気になっていた小説だがようやく読み始めることができた。難解なものだと思って敬遠していたが、少なくとも上巻の時点では会話シーンが多くて案外読みやすい。まあ、キリスト教の知識、特に異端についてあれこれと話されているので、そうした意味ではわからないところは処々にあるけどね。まあ、「異端」とそうでないものが判然と分かたれているものではないということは伝わったけど。
 そして、どうやらこの「異端」についてがこの物語や事件の主題となるようなので、下巻で解決されるときにちゃんと楽しめるか不安だったので、上巻を読了後に「正当と異端」を読んだ。そこで知ったが(本書でも最初の報にルビが振られていたかもしれないが見逃していたので)、たびたび言及されている小兄弟団ってフランチェスコ会のことなのね。
 この本は現在は散逸した、かつて著者が読んで翻訳したアドソ(本書の主人公)の手記、そういう体裁で書かれた小説。
 そして想像以上にミステリーしていて驚いた。ミステリーとしても評価されているらしいことは知っていたが、てっきりミステリーとも読める程度かそれともサスペンス的なものと思っていた。しかし実際には主人公アドソの師であるバスカヴィルのウィリアムが「名探偵」として書かれていて正統派な探偵小説というような感じなことに驚いた。
 最初から名探偵が見事な推理力を披露するシーンを見せて(ホームズみたいに!)、それから彼が異端尋問官としても優秀だったことを知っていた修道院長は事件の調査を依頼する。そして事件について調査をしている中で第二、第三の事件が起こっていきという具合に物語が進んでいく。
 物語は1327年の出来事を扱う、その時の事件をワトソン役のアドソが手記として書いているという設定。教皇と皇帝が対立していた当時、両陣営の交渉の皇帝側の代表者としてウィリアム師が(ついでにその弟子でこの手記の作者アドソが)この物語の舞台となる僧院へとやってくるところから物語は始まる。
 ウィリアムは元異端審問官だが、後世で目に見えるもので合理的に判断する人で、悪魔などは自分が判断できるものでないから、そうした外面的な現代でも罪といえるものだけを裁いた。そんな人なので当て推量や心象でなく、しっかりとした根拠を見つけて犯人を探そうとする。だから、時代は中世だけど普通にミステリーとなっている。
 そんな彼は、修道院長に数日前に死んだ細密画の挿絵師の死についての真相究明をしてほしいと依頼されるしかし事件の舞台となった文書館のは修道院の掟で、立ち入り禁止とされている。しかしその文書館が事件の大きな鍵となっていて、そのことは事件が続くたびに更に強く印象付けられる。
 P75-6に描かれている絵が起こった事件を表すものとなったようだが、こうした絵の細々とした描写はどうも目が滑る。まあ、絵の解釈なんてできないからいいけどさ(苦笑)。
 新たに事件が起こったこともあり、この事件が解決しないと、教皇使節団に僧院長の管轄権を侵されるであろうことへの恐れが強くなって修道院長はウィリアムに早急な解決を迫る。しかしそうした危機感があっても、なお文書館を調べる権限は与えない。
 色々な人に話を聞いてさまざまな人間関係、そして個々人の背景を知るごとに怪しい人が増えてきて、全容がいまだつかめない。そのように事件が厄介で難しい。
 夜に文書館に侵入するときに写自室を調べている際に、誰か(おそらく犯人)がいて、正体不明のその者に証拠隠滅を許してしまったが(重要そうな暗号はメモできていたようだけど、ただ他にも何か隠されたのではないかという不安も若干残る)、その場面でのアクションシーン、犯人との無言のやり取りは楽しい。
 文書館は迷路のようなつくりとなっていて、さらに幻覚を見せる物質が夜通し燃えている部屋があることを知って、ますます文書館が謎めいた場所となる。
 アドソが流されるままに姦淫の罪を犯してしまったことにはかなり驚いた。物語とどう関連するのかしら。それとも直接物語には関与しないが全体のテーマに関係するエピソードなのかな? 
 アドソがその罪をウィリアムに告白して、その後に沐浴場にて未発見のベンガーリオの死体を発見したところで上巻終わる。