黄金の王 白銀の王

黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

黄金の王 白銀の王 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

二人は仇同士であった。二人は義兄弟であった。そして、二人は囚われの王と統べる王であった―。翠の国は百数十年、鳳穐と旺厦という二つの氏族が覇権を争い、現在は鳳穐の頭領・〓(ひづち)が治めていた。ある日、〓(ひづち)は幽閉してきた旺厦の頭領・薫衣と対面する。生まれた時から「敵を殺したい」という欲求を植えつけられた二人の王。彼らが選んだのは最も困難な道、「共闘」だった。日本ファンタジーの最高峰作品。


 以前から気になっていたけどようやく読めた。
 和風ファンタジー
 鳳穐と旺廈という二つに割れた王統とその配下が互いにいがみあい、相手の一派を憎しみあっている島国の国である翠が舞台。一方が天下を奪ったら、他方を徹底的に弾圧するが数十年持たずにクーデターが成功して他方に政権が変わるということが1世紀続いた。そうした事情で二つの勢力が互いに互いを憎み合って、その弾圧もエスカレートしていっている状態。
 そんな状況で統一した大陸の先進国が翠に攻めてこようとしている滅びの危機にあることで、若き王である穭は虜囚の旺廈の頭領である薫衣と和合して、二つの王統の争いを止める好機だと思い、国を統べる血統と迪学(帝王学儒学的なもの)の教えを持ち出して、翠の国のために外国との戦争の危険が高いのに国を割って外国に翠を害されないためにも、この多くの血を流している終わりの見えない争いを止めるためにも協力してくれるように説得する。
 囚われの首領、十数年前に天下が覆る前に旺廈の王子だった薫衣は正統な迪学(帝王学儒学的なもの)の流れを受け継ぐ迪師によって助命されて生かされていて、虜囚の身ではあるが彼の下で迪学を学んでいた。
 迪学からみても翠のためには、泥沼の戦いと怨恨よりも互いに協力して争いをやめるほうが理想に叶っている。同じ教養の地盤(迪学)を持つからこそ、その説得の理屈の正しさがわかる。だが、最高度の迪学(帝王学儒学的なもの)の教養を持ち、小事にこだわらずに大事をなすことができる二人の頭領でも、百年以上も互いに相手の身内を殺しすぎたし殺されすぎた。そのため、その二人でさえ憎しみは完全には抑え切れていない。しかしそれでも二人はその理想が翠にとって最善の道だと思い、感情を理性で蓋して、茨の道を進むことを決める。そして二人の若き頭領はその理想のための長く苦しい戦いに挑んでいく。
 だが二人にとっても感情的なしこりが残る道を王の言葉一つで何もかもを変えられるわけではないから、一つずつ既成事実を積み重ねていって、徐々に目標に向かって進んでいく。
 そのため薫衣が穭の妹である稲積を娶って、鳳穐と旺廈のどちらでもない存在として王宮にいて、また旺廈への弾圧をやめさせて、時間を過ごしていきながら、反旺廈で薫衣に過度に敵対的なものを排斥していって、徐々に融和ムードを醸造させていって、融和を成し遂げようとする。そしてやがて血を一つになったときに目標は完遂される。
 そうした方針で時には非情になって冷徹にことを進めざるを得ない王には、融和を徹底的に拒むものは親しくあっても殺さねばならぬ苦悩と長いスパンで融和の方向に誘導するという困難な仕事がある。また、王はクーデター時に鳳穐に味方した他の豪族が王宮で幅を効かせているので、王だからといって好き勝手できるわけではなく、そこらへんにも気を使いながら、目標に向かって進んでいかなければならないという意味でも難しい仕事。
 一方で薫衣には怨恨骨髄に至る現王統の下に膝を屈したポーズをとりながら半ば虜囚の身分で、王宮にいる鳳穐の人間の憎悪の風にあびながら数十年も耐え抜かねばならぬ。
 そんなお互い違う苦難があるが、迪学の目標である翠を守り育むためにはこの融和は素晴らしいものだという事実が心の支えとなり、また繰り返される二人の当主の会合が互いにとってその理想を推進していく上で力となる。
 そうして穭と薫衣のトップ二人はそれぞれ冷徹な実行・企画力と超人的忍耐力で目的のために邁進していく。
 そうして精神的な負担にまいったり、困難にぶちあたりながらも決して諦めずに一歩一歩目標へと徐々に進んでいく二人の歩みと苦闘の物語。
 大陸の軍がついに来たとき、他に適任者がいないということで万全の準備をした上で 薫衣を名目上の総大将として出す。そこで薫衣は思わぬ活躍をする。そこで発揮された薫衣の人をひきつける力。穭と薫衣ではタイプが違うのだが、穭はもし彼が私の立場だったらもっと苦労なくうまくやっていたのではないかと思って、嫉妬心がうずくことがある。しかし彼の理想を設定して、現実主義的に時として冷徹な判断を下しつつも一歩ずつ目標ヘ向かって実行する力があってのこの融和の進展であると思う。もちろん薫衣の忍耐あってのことでもあるし、彼の人の上に立つ才は本物で、ありかたとしては薫衣のが美しいかもしれない。でも、政治のトップにいてほしいのは圧倒的に穭だ。ラスト近くで薫衣が述べた『私には、そなたのように、すべてに抜け目なく気を配ったり、水面下で陰謀をめぐらせたり、長い時間をかけての画策でやっかいな相手を弱らせたりは、できなかったと思う』という言葉通り、穭は実に困難な仕事を、理想のためにはやらなければならないが嫌な仕事を含めて見事にやったと思うよ。
 この大陸軍との戦いのシーンもしっかりと描写されていていいね。地元の民で戦いに協力することになった人(細螺)の一人称での描写があるのもいい。戦後、細螺が村の代表として都に行くことになったときに村が沸き立ち、本人も広い世界が見られることを嬉しく思っているという描写も好き。
 薫衣は日々のストレスに耐えながら、翠と旺廈を守り育む別の道を見つけたらその道を取ると思っている。まあ、それは半ば精神を安定させるために自分に言っているような言葉・覚悟なのかもしれないけど。本気の思いでもあっただろうが、同時に穭が話した理想以上の解はないだろうとも感じていたのだろうとは思うな。結局王宮を支配し、王となる最大のチャンスもその後の国をどうするか、よくなるのかというヴィジョンがないから蜂起せずに終わったしね。
 そして結局彼らの一代では終わらなかったが、融和は確かに進み、半ばまでなってそのうち完全に達成されるだろうという明るい未来が見えるラストでよかった。