冒険歌手 珍・世界最悪の旅

冒険歌手 珍・世界最悪の旅

冒険歌手 珍・世界最悪の旅

内容紹介
幻の名著、待望の復刊!
復刊にあたり、書き下ろし原稿「探検のその後」を追加、加えて、探険家・角幡唯介氏との対談も新たに収録!

「人生がひっくり返るような苦労をしてみるのだ!」
不具合だらけのヨットで太平洋を45日間かけて横断し、地図なき大河・マンベラモをゴムボートで昇りつめ、5030メートルの岩峰を目指す――海・川・山揃った前代未聞のニューギニア島冒険記。

傍若無人・唯我独尊・百戦錬磨の冒険家「隊長」、探検部の現役大学生「ユースケ」、トラブル続出のヨット「チャウ丸」と共に、ド根性歌手がニューギニア島を行き当たりばったりに右往左往する、抱腹絶倒の一年間の記録。

解説/高野秀行
(amazon より引用)

 kindleで読了。
 日記形式で冒険の旅の日々を綴っている。そして時折その日記で書いたことへの詳細な説明や註釈みたいなものが入る。日記の内容がいろいろと大変そうだけど、明るい調子で書いてあって深刻にならないので読みやすい。中々にばかげた企画ではあるから、ふと我にかえって後悔するとやっている本人もそうだが読んでいても辛いだろうから。
 ヨットでニューギニア島に渡って、そこからゴムボートで河を遡上して、オセアニア最高峰の山カルステンツ・ピラミッドの北壁を世界初登頂する。著者は大きな逆境も経験せずに歌手という仕事をしている自分に疑問を持って、何か困難を経験し乗り越えたいという思いがあった時に、その冒険の隊員募集の記事を見て応募する。そして特別冒険の経験もなかったのだが、隊員となることになった。それで募集に応募したのもその人を隊員に加えたのもすごいな。
 隊長が行き帰りのヨットもわざわざ不便な船を選んで使っているということもあって、より一層大変そうだ。そうしてわざわざ大変なことをしているけれど、ヨットの生活で登山する体力まで削られていないか、他人事ながらちょっと心配してしまう。
 船酔いの壮絶さとか、トイレの話なども書かれているが、それがひどく大変そうで、その話を聞くだけでも絶対やりたくないと思う。
 ニューギニアまでの航海の終わりごろ、陸地が近くなると浮遊物が増えるが、『なんとここでは、流木などに交じって小さな島が流れてくる。島といっても2〜3mの、崩れて流れた土地だが。でも、草や木が生えている不気味の一言。』(N780)ぷかぷかと浮かんで場所があちこちに変わる浮島の伝説(?)というか、そういうのはこういうのを見た経験から生まれてきたものなのかなと思う。
 マンベラモ川の遡上も、カルステンつ北壁登攀も成功すれば世界初の壮挙だった。それを両方ぶち込む、それにヨットの旅も、というのは欲張りというか色々載せすぎというか。
 大河マンベラモの写真のキャプションにある『伝説の石油王ロックフェラーのひ孫マイケル・ロックフェラーが、1961年、23歳の時に流域の部族アスマット族を訪れ消息を絶った。/彼らの首狩り・人肉食の風習に魅了されたマイケルだったが、悔しくもその犠牲になったといわれている』(N838)というエピソードもちょっと興味深い。
 大目的だったカルステンツ北壁登攀は、現地の政情不安もあって結構できずに終わる。近くまで行ってなんとかできないか探ってはいたようだが、途中途中の村であれこれと通行料とか色々と出費がかさみ、面倒な交渉をして神経を削っただけとなってしまった。しかも協力して事にあたっていて仲間として動いていた現地の人が豹変して、終わった後に当初約束したものよりもずっと多く払えと急に要求してきたりしてなおのこと徒労感が募る。
 しかし解説にもあるけど著者は隊長に色々雑事を任されることが多く、それで文句もあれこれといわれるってたまったもんじゃないよな。著者はそれを自分を思ってのことと何度も日記に書いている。それは自分に言い聞かせているのか、著者がそんな勝手な男すら責めない人が善すぎるのか。
 その後グヌン・トリンガルという未踏の山を見つけ、そこに登ることを目標に変える。それを聞いた当初は未踏の山なんて今どきあるのかと半信半疑だったが、周囲の部族は迷信深いからあり得ると現地の人に聞いて、それならばその山を登ろうと新たに目標に向かって元気を出す。しかし迷信深いから協力も得られず、それどころか勝手に登ったら殺すとまで言われたのでその計画もいったん中止となる。
 そして今度はオセアニア第二の山であるトリコラ北壁の初登攀を目指すことにする。色々とそれまで挑戦すらできずに終わることもあったので、この挑戦ができてそれが成功したことに、本当に成果ができてよかったと思えた。
 タスマニアン・タイガー探しも始めて、読んでいても迷走中だと伝わってくる状態の中、ユースケ(後のノンフィクション作家角幡唯介)は幻の犬を探そうとしていることへの呆れやカルステンツ挑戦への見通しが立たないことで帰国することを決める。
 その後しばらくタスマニアン・タイガー探しをしていたが、はかばかしい成果があがらず帰国することになる。
 そして帰りもヨットの旅だが、今度は隊長と著者との二人での旅となる。ヨット上でざっくりと足をきってしまう。医者もまともな治療施設も近くにない状態でのそうした怪我というのは、話を聞くだけでも血の気が引くほど恐ろしく、そして不安に感じる。
  隊長は船がぼろくて、危ない状況で能力を発揮して活躍を見せる。まあ、もっとちゃんとした船を買っていれば、そのような危険な目には遭わなかったのではないだろうかという疑問は置いておいて。
 ノンフィクション作家の高野さんの解説にあるように『この探検隊はすごい。やっていることは並はずれた冒険なのに、実に杜撰でテキトーなのだ。そもそもこんな冒険に素人女性を連れていくことが間違っているし、ヨットの燃料計が壊れていて残量がわからないとか』(N3070)色々と非常識・規格外な冒険だったようだ。
 巻末の2014年に著者とユースケ(角幡唯介)がこの冒険について語っている対談も面白い。
 また「巻末特別収録 その2 探検のその後――人生の大冒険」では著者が探検後の人生について語っているが、帰国後隊長と二人で生活を始めたとあり、結局付き合うことになっていたことがここでわかる。
 その二つの巻末特別収録で後日譚がいろいろと分かって、それも面白かった。