タングステンおじさん

内容(「BOOK」データベースより)

のちに脳神経科医になるサックス先生は子供のころ、化学に夢中だった。いつも指先を粉塵で黒くして、金属をはじめとする物質の化学的な振舞いの面白さを説き語ってやまないおじ、「タングステンおじさん」がいたからだ…サックス先生が暖かな家族に囲まれて科学への憧れを育んだ楽園の日々が、ノスタルジー豊かに綴られる。同時に化学の発展史が一風変わった切り口から紹介される、出色の自伝的エッセイ、待望の文庫化。


 著者の親戚には化学に造詣の深い人が多かったということもあって、色々と教えてもらったり、自宅でさまざまな化学の実験をしていた。医者として知られる著者だが、少年時代の科学へ傾倒し熱中していたことや少年時代の家族の話を中心に少年時代のことが書かれる。
 少年時代に読んで胸を躍らせた化学史や化学者の話とかも書いてあることで、著書の少年時代の実験の描写もより面白く読める。
 表題のタングステンおじさんとは、タングステンの線をフィラメントにして電球を作る工場をしていた著者のおじのこと。彼はタングステンという素材に非常な愛情を持っている人であり、また著者に科学にまつわる様々な話をして、自身の実験室で実験をしてみせてくれたり、実験に使う材料をくれたりしてくれた。
 ロンドンで医者の両親から生まれた著者。
 少年時代のサックスは家に実験室を一室もらって、さまざまな実験に興じていた。当時は現在では危険だから売ってくれないようなものまで売っていたということもあって、多彩な実験ができた。ただし、そうしたものを扱っているから実験中に発火したり、有毒ガスが発生したりと危ないこともあったようだ。
 鉱物を使った実験などさまざまな事件をすることで元素の性質などの理解を深めた。例えばアルカリ金属を水に入れる実験で『リチウムは、水面を静かに動き回って水と反応し、全部なくなるまで水素を発生した。ナトリウムの塊は、激しい音とともに水面を走り回ったが、小さい塊なら火はつかなかった。一方カリウムは、水に触れたとたん着火して、淡い藤色の炎を上げながら周囲に細かい粒をまきちらした。ルビジウムはさらに激しく反応し、赤紫色の炎を上げて荒々しく飛び散った。そしてセシウムは、水に触れると爆発し、ガラス容器を粉々に打ち砕いた。これを目にしたら、アルカリ金属の性質は絶対に忘れられない。』(P180)そうした化学実験をしていたから、さまざまな物質の性質が記憶に強く残っている。
 兄の影響でウエルズを読むようになって、『月世界最初の人間』や『宇宙戦争』に非常にはまって、『宇宙戦争』で火星人が侵略してきたのがロンドン近郊だから舞台となった場所を巡って楽しんでいたという話はいいね。そうした初期SF、現在では古典的に扱われている小説に熱中したという話を聞くと時代性を感じられていいね。
 科学博物館で周期表の通りに安全に展示できる元素のサンプルが置けるものは置いてある展示を見て、『私は、初めて周期表を見せられた科学者たちがどんなに愕然としたかを、不意にありありとじっかんした。彼らは、元素が七つか八つに分類できることはよく知っていた。だが、その分類の基準(原子価)については知らず、全分類が一つの包括的なシステムにまとめられることにも気づいていなかった。だから私は、自分と同じように彼らもこう感じたのではないかと思った。「なるほど! 一目瞭然闍ないか! なんで自分は思いつかなかったんだろう?」』(P278)それでその日は興奮して寝付けないほど興奮した。多くの実験をして元素の性質を良く知っているからこそ、そんなに興奮できるほど深く感じ取ることができた。少年時代でそんな深く元素の性質を理解して、周期表のすごさを感じられるというのはすごいわ。
 紫外線が危ないものだと語った後に、『じっさい紫外線を浴びている人を眺めていると、歯と目が明るい白に輝いて見える。』(P326)というあるのは笑った。
 『私が十四歳のとき、母はそろそろ人体解剖の手ほどきをしようと考え、王室施療病院の解剖学教授を務めていた同僚の女性に協力を求めた。』(P345)そして著者は自分と同年輩の少女の死体の足を解剖することになったというのはショッキングなエピソードだ。
 科学への情熱は時を経るごとにやがて薄れ、量子力学の登場で自分の好きだった19世紀の化学の世界は姿を消してしまうのではないか(と当時思ったことで)、科学への熱中は終わる。そして両親と同じ医者の道へと進むことになる。