ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

ご冗談でしょう、ファインマンさん〈下〉 (岩波現代文庫)

商品の説明
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本書の上巻では若く初々しかったファインマンの姿に触れることができるが、下巻では、成長したファインマンが1人の「物理学者として」物理のみならず社会や芸術とかかわってゆくさまに触れることができる。
どんなに権威者になっても(彼はそう呼ばれるのを何よりも嫌ったが)、彼は決して物理学者としての誠実さを変えることはなかった。サバティカルでブラジルの国立研究所に滞在した彼は「教科書を丸暗記するだけ」の物理の大学教育に業を煮やし、ブラジルの「お偉方」の大学教授たちの前で「この国では科学教育が行われていない」と言い放った。またあるときは、学校教科書の選定委員としてすべての教科書に目を通し、教科書の内容が科学的誠実さを欠いているのを真剣に怒り、他の委員たちと闘った。

彼の信条でもある「好奇心」は年齢を重ねてもとどまる所を知らず、カジノではプロの博打うちに弟子入りしたり、ボンゴドラムでバレエの国際コンクールの伴奏をしたり、また、幻覚に強い興味を持った彼は、旺盛な好奇心からアイソレーションタンク(J.C.リリーが発明した感覚遮断装置)にまで入ってしまう。彼は他人のことなど気にとめず、素直な心で物事を見つめ、興味をひかれたらそれに夢中になる。彼は何より人生を楽しみ、人生を愛していた。

そんな彼の書いた本書に触れていると、いろんなことを話したくってうずうずしている彼が、目を輝かせて楽しそうに自分に向かって話しかけてくれているような気分になる。そんな気分にさせるのは、大貫昌子による素晴らしい訳のおかげでもあろう。訳者はファインマンと親交があり、彼に相談しながら翻訳作業を行っているため、原文の持ち味が十分に表れている。(別役 匝)


ブラジルに行くエピソード(オー、アメリカヌ、オウトラ、ヴェズ)や日本に来たときの話(「ディラック方程式を解いていただきたいのですが」)、絵を描いたり、サンバ・バンドのメンバーになったり、ボンゴドラムを演奏したりするエピソードもあって、エピソードの幅もあって上巻と変わらずに楽しむことができた。
特に面白いと感じたエピソードは、
『本の表紙で中身を読む』と『それでも芸術か?』
本の表紙で中身を読むは、州の教科書の選定委員会に出たときの話。
それでも芸術か?は、オーフェイという偽名で、絵を描いていたときの話とトップレス・ダンスの店の裁判の話。

「あなたがシカゴ大学の申し出を断ったのは不思議だわ。みんながっかりしたのよ。何であんなにすばらしい話を断れたのか信じられないわ」と言った。
「いとも簡単だったよ。どんなすばらしい条件だったのか、言わせる隙を与えなかったんだから」と僕は答えた。(89p)

「もしもし、ファインマン先生ですか。」
「君、何だってこんな時間に人を起こすんだ!」
「いえ実はノーベル賞受賞が決定したのをお知らせしようと思いまして。」
「だって今眠っている最中だぜ。朝になってから知らせてくれればいいのに」と僕はぶつぶつ言って電話を切った。ところが傍らの家内が目を覚ましてしまい、「今の電話いったい誰なの?」と聞きただした。
「名に僕がノーベル賞をもらうことに決まったそうだ。」
「まあリチャードったら、またそんなことばっかり!だから今の電話は誰だったの?」(225p)