平将門の乱

平将門の乱 (岩波新書)

平将門の乱 (岩波新書)

内容紹介
10世紀前期、平将門藤原純友の反乱が世を驚かす。この東西の兵乱は、来るべき武士の時代への序曲であった。国家に対する謀反人として恐れられ、あるいは、新時代の英雄として親しまれてきた将門とは一体何者だったのか。考古学・地理学的知見をもふまえて当時の東国社会の実態をさぐりつつ、転換期を象徴する乱の全貌を描く。

名前と「やる夫 鎌倉」で俵藤太、将門公仲違う事というエピソードを知ったくらい。あと、東国独立という幻想の始まりってことくらいしか知らんが、実体はともかく後世の幻想含めれば、かなり日本史で重要な人物のようなので、平将門についての本を読まなきゃと思っていたのでようやく読めてよかった。あと「沈黙の中世」を読む前に福田さんの本を何かしら読まなくてはとも思っていたので。
『中央貴族の息のかかった使者達が、上総や越後などで、調庸の物を運ぶ馬を奪い、官物を運送する船を強奪していることを報じている。当時の治安条項の下では、運輸は集団となり武装しなければならなかったことは分かるとしても、これがそのまま運輸手段の馬や船を強奪する集団となり、このために国家の運上物さえ妨げられたのであった。』(P15)うわ、当時の状況ひどいなあ。
『三千人を越える及ぶ俘囚が関東に配置されていたとみることができる。この七か国の健児の合計が九〇〇人にすぎないことを考えあわせると、ここから警察力としての俘囚の重要性と、群党蜂起のすさまじさを、同時に推察することができるだろう。』(P17)『ところが、九世紀も半ばをすぎると、関東ではこの俘囚の反乱が大きな社会問題となってくる。』(P17)、上総市原郡の俘囚四〇人の反乱について『わずか四〇人の俘囚に数千の兵が必要とされていることは異常であり、ここから俘囚と群党勢力の提携を考えることも不可能ではなかろう。』(P18)当時の俘囚や群党の話も面白そう、もっと読みたくなる。
『将門自身は無位無官であったが、戸田芳実氏が指摘しているように、国司からは対等の扱いを受ける「地方軍事貴族」ともいうべき存在であった(「国衙軍制の形成序説」)このことは、彼が兵部省の官牧場の管理人であったとすればいっそう理解しやすい。』(P67)将門、乱以前はそうした点で国と関わっていたのか。
将門の『伯父となる下総介良兼は、『将門記』でみると、尊大でおだやかなやや保守的人物』(P121)
『この合戦も運よく将門の勝利となり』(P124)運よくとしかないけど、『将門記』でそのあたりの記述がそのようにしか書かれていず、資料に乏しいのか本当に運だけなのかよく分からん。
将門、成り行きで色々と仕掛けているけど、あまり独立とか反逆とかあまり気にしていなくて、単純に最初から最後(は相手方に国家が加担したが)まで身内での争いごとに見える。藤原純友の方は、ある程度計画を立てて蜂起しているので、こっちの方が面白そうで興味がそそられる。