花神 中

花神 (中) (新潮文庫)

花神 (中) (新潮文庫)

周防の村医から一転して官軍総司令官となり、維新の渦中で非業の死をとげた、日本近代兵制の創始者大村益次郎の波瀾の生涯を描く。
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中川宮の弁才、こういう公家・皇族の才気あふれる人物を見るのは、抑圧されていた貴種階級の逆襲と言う感じで面白い。そういう階級には、幕末ではろくに人物がいないからなあ。ただ、確かこの人は幕末で急に金持ちになったから浪費激しかったようだね。「孝明天皇と「一会桑」」でそんなこと読んだ気が。
蔵六、亀の異称。手足と頭と尻尾を蔵(かく)す、という意味があるようだが、そんな意味だったのか。
公家に、豚を魚と偽って食べさせた。という挿話は、のちに肉を食べることを禁忌とする習慣が廃れるとはいえ、禁忌として肉食を厭う人たちに騙して食べさせるのは、ちょっと嫌な気分になるな。ほかに食べるものがない状況であるというのなら、ともかくね。
鍋島閑叟が長州の言葉と行為が違う、といった挿話。なんか何度も書いていない?「世に棲む日日」にも書かれていたし、この「花神」にも以前出ていなかったけ?(勘違いかもだけど)
蔵六、上海にいったこともあるのか!そんな印象なかったわ。
蔵六、姓、適当www
『幕末、志士と称せられる人物は諸方に無数に出たが、総司令官である才能のもちぬしはついに蔵六しか出ていない』(P410)そう考えると、蔵六ものすごいな。
自分たちで放火して、戦闘中に戦闘をやめさせ昇華させたと言うエピソードは、あざといなあ(笑)
司馬遼太郎さんの幕末物で、このくらい大きな眼目で、戦争が描写されているのは他に読んだことない――といっても他の司馬さんの幕末物は「燃えよ剣」と「世に棲む日日」くらいしかよんでいないけど、「燃えよ剣」は戦闘と大勢が決まった後の戦争が主で、幕府と薩長が今後どちらが勝つのか分からないといった戦いで、「司令官としての視点」(ここは個人的に重要!つまり戦いの結果を左右できる地位にいるか)で描写されているわけじゃないないですか――が、この位の戦争行為に描写が割かれているほうが、事態がどういう推移しているのか分かりやすくていいね。