イスラームの世界観

イスラームの世界観―「移動文化」を考える (岩波現代文庫)

イスラームの世界観―「移動文化」を考える (岩波現代文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
イスラーム世界では、「うごき」が重んじられる。書斎にこもらず旅にでて学ぶ大学者たち、沙漠の奥から海にでて真珠とりをする遊牧民たち、さりげなく存在する「旅人保護の精神」、「無利子金融」の制度…。永年のフィールドワークから得た知見をもとに、偏った目的志向型社会のなかで、大事なことを見失いがちな私たちの生き方を根底から見つめ直させる比較文化論エッセイ。

「第一話 海の遊牧民遊牧民と言ったらやはり草原あるいは砂漠といったイメージが強いので、遊牧民が一定の季節海にも言っていたということははじめて知った。無論地理的な要因で海には行かない集団もいるだろうけどね、だからといって格段陸に固執していたわけではきっとないだろうけど。「プロローグ」でもイスラームの「動の思想」について書かれているが、その動きが遊牧民が海にという風に、水陸問わずに適用されるようなものだと言うのは驚きだ。イスラーム圏の人たちが交易などで活発に活動していたことは知っていたが、その知識と遊牧民の動きというのは今までまるっきり分けて考えていたみたいだ。あと、アラビアの学者たちも活発に動いていたというのは、何かで読んだことがあると思うけどすっかり忘れていたよ。真珠をとりをしていたのは遊牧民だったということには虚をつかれた、シーズン(4〜5月)になったら真珠をとりに海にきていた、しかも遊牧民が海にでたら潜って真珠をとる潜り手になっていたというのにも吃驚だよ。

あとイスラームとは関係ないけど1つ2つ気になったエピソードは、1つ目はアイルランドキリスト教を伝えたのはエジプト人だという話ははじめて(忘れているだけかもしれんが)知ったが、想定外の繋がりというか経路というかだなあ。もう1つは、『鎖国時代においてさえ、移動する人がいた。日本から、はるか遠いオーストラリアへさえ、定期的に出かけていった人たちがいたことが知られている。』(P189)なにこれ、この話めっちゃ気になるんだけど!

『金をためこむ一方の「けち」な人は、この社会で最も軽蔑される。相手の気分を害そうと思えば、「あいつはけちだ」といえばよい』(P84)や『移動を常としている人たちの別れは、いつも淡々としています。ふたたび出会ったときには、びっくりするほど大喜びしますが。』(P237)など、「乙嫁語り」でも描かれてあったようなことが書かれてあって、それも面白かった。