死者の軍隊の将軍

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

死者の軍隊の将軍 (東欧の想像力)

内容(「BOOK」データベースより)
掘り起こすのは、遺骨と、記憶と、敵意と、徒労感と…第二次大戦中にアルバニアで戦死した自国軍兵士の遺骨を回収するために、某国の将軍が現地に派遣される。そこで彼を待ち受けていたものとは…。

 タイトルからなんとなくぶっ飛んだキャラの将軍が昔自分が戦った戦場跡を訪れる、中世とか近代とかの時代が舞台で、文字通り死者がよみがえる(あるいはそれは将軍の主観上だけの亡霊や幻覚とか)幻想小説ないしマジックリアリズム小説かと勝手に想像していたが、全然違ったなあ(笑)。というか、カダレの小説は以前1冊読んでいるから違うのは読む前からわかっていたけど、なんとなく強いイメージ喚起力を持った題名なので、邦訳でたから買おうと思って買って、しばらく積んでいたが(ドレくらいつんでいたかは発売日を見てお察しくださいw)、ようやく2ヶ月くらいかけてちびちび読んでようやく読了。だが、感想を書くまでに更に1月以上置いていたので読んだ記憶が既に薄れてきてる(笑)。
 
『受け取るがいい、お前たちに持ってきてやったのだ。
 不毛の大地と、そしてどこまでも続く悪天候。』(P6)エピグラフの詩

『もし、俺が死んだらさ』あいつはよくそういっていた。
『深く埋めてくれよ。犬に見つかると困るからな。テペレナのときもそうだった。あのテペレナの犬どもがやっていたことを覚えているだろ?』
『憶えてるさ』そう言いながら私はタバコを吸っていた。そしてあいつが死んだその時、土を掘りながら私はつぶやいたのだ。
『心配するなよ』穴は深く、ずっとずっと深く掘ってやるからな。』
(中略)
『心配ないさ、見つかりやしないとも』』(P20)この二つの文章なんか好きだな。

 古い城の地下室で見つかった兵士(ww2時)の遺骨。何を思ってその兵士がそこにいたのかさっぱりわからないが非常に印象的。
 司祭、将軍よりも論理的な人かと思ったら、従軍司祭だっただけあって、かつての敵の民(アルバニア人)に対して、銃と殺しを愛するというような偏見を持ってるのか。まあ、敵地として滞在していたなら、そうしたステレオタイプ(かどうかしらんが)のイメージをもっても仕方がないけど。というかアルバニア人の作家さんだから、この見解を国民だったり、作家さん個人が持っているものを外国人に仮託して自分自身の意見として言うにはためらわれる考えを(外国人(しかも元敵国の)というペルソナをつけて)述べているのかも知らんが。
 六章の中将(別の国の将校で、この人たちも自分たちの兵の遺骨を回収するためにきている)のところとか、中将を見かけたというところから、その中将と邂逅したシーンへ移るというような感じの場面の転換には、微妙に流して読んでいたらとちょっと混乱してしまった。まあ、そういった場面の時間の転換は大概章のはじめあたりで起こるからそこをちょっと気をつければ済む話だけど。
『年老いた女たちは自分の頬をつねり、呪いの言葉をつぶやきながら、例のしぐさをしていました(そういう時にこの町の人がするしぐさというのがあって、五本指を広げて、のろいを掛ける方向のドアを叩くのです)』(P79)街に来た娼婦たちにしたジェスチャー、あいかわらずこうした知らないジェスチャーを知るのは好きだが(知ってもすぐ忘れるだろうがw)、このしぐさの意味は何だろう、帰れってことなのか、単に売春婦とかそういったものの侮蔑的表現なのか?
 雨の中、娼館に列をなす兵士たちって傍目にはシュールでグロテスクだな。
 将軍、大佐の未亡人と司祭の間の仲への妙な勘ぐりと関心がよくそんなに持続するな(苦笑)。
 脱走兵がアルバニア人に雇われたということを屈辱に感じているようだが、まだ戦争中に敵国の下働きをしていた同国人がいたというのが屈辱的なんか?
『それに兵士たちは勇敢だ。そうだ実に勇敢だ。彼らは勇敢だ。なぜなら彼らにはもはや失うものがないからだ。』(P148)こう勇敢を繰り返されると、「ロビンの冒険」(だったかな?歌の題)を思い出して笑ってしまう。
 アルバニア人、敵が来たと知ったら5人10人とかの集団で銃を担いで戦闘へ向かった、ってなんか第二次大戦地の話なのに伝説じみた感触の話だな。
 墓堀最中に感染して死亡するかもしれないというのに、将軍と司祭は死んだとき生涯年金を国が払わなければならなくなること(自分たちの懐のことでもないのに)を心配しているのは、ある意味人間らしいねえ。
 将軍、終わりが見えてきてテンションが高まり、好奇心から婚礼に出向こうとしている場面の文章、それまでは将軍のこの行動に共感や理解をさせるための前奏曲だったかのような語りだ。いや、実際そうなのかもしれないが。
 大佐の最後と、大佐の骨の末路。大佐について、かなり重要なテーマだろうが、何を現されているのかは文学的な素養がないからさっぱりわからんなあ。