これからの「正義」の話をしよう

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
「1人を殺せば5人が助かる。あなたはその1人を殺すべきか?」正解のない究極の難問に挑み続ける、ハーバード大学の超人気哲学講義“JUSTICE”。経済危機から大災害にいたるまで、現代を覆う苦難の根底には、つねに「正義」をめぐる哲学の問題が潜んでいる。サンデル教授の問いに取り組むことで見えてくる、よりよい社会の姿とは?NHKハーバード白熱教室』とともに社会現象を巻き起こした大ベストセラー、待望の文庫化。

 面白いけど、結構長いから、中途あたりになるとどうも読み流してしまった。というか、ある程度でも、理解しながら読むとなると僕の頭の出来では何ヶ月もかかると推測することができてしまったからな。まあ、そのうち再読するよ。ちゃんと読むとなると(再読でも)遅々として進まないことは目に見えているが、面白いことは面白いし。
 正義に対するアプローチ。『第一のアプローチは、行動の道徳性は行動がもたらす結果だけに依存しているとするものだ。つまり正しい行いとは、総合的に考えて、最善の状況を生み出すすべてのことだというわけである。第二のアプローチは、道徳的に言えば、結果だけを考えればよいわけではないとするものだ。つまり、いくつかの義務や権利は、社会的結果とは無関係に尊重されるべきものだというのである。』(P59-60)この2章の冒頭の事例であげられている、4人が海で遭難して、食料がなく1人が衰弱して死に掛けていた、他の人間が生き残るために仕方なく殺してその1人を食べた。その殺人は許されるか。という問題を考えると前者の考えでは、その衰弱した1人に係累がなかったという点から考えても(上記は1884年に起きた実在の事例)、最善ということになるのだろうが、それではどうしても腑に落ちないから、前者の功利主義的考え方の方がわかりやすいのだが、後者の方に惹かれる。
 正義へのアプローチは3つ、1つ目は、功利主義者のアプローチで、福祉、即ち社会全体の降伏を最大化することで、正義を定義し、なすべきことを見きわめる方法。2つ目は、正義と自由とを結びつける、リバタリアンを例に考えるとわかりやすい、アプローチ。最後は、道徳的な観点から見て人々にふさわしいものを与えること、美徳に報い、美徳を促すために財を与えることを正義とみなす。(P171あたりから引用だったり微妙に短くしたり)
 パターナリズム(父親的温情主義)、オートバイ運転の際にヘルメット着用を義務付けることや、麻薬の禁止などのことだっけか。
 『民主主義社会の同意によって資産を取り上げられることが正当化されるとすれば、自由を取り上げることも同じく正当化されるのだろうか。民主主義社会の市民として、社会のあらゆる取り決めにすでに同意しているのだと主張することによって、多数派は少数派から、言論の自由や信教の自由を取り上げてもよいだろうか。』(P114)今まで、課税を通しての所得の再配分という考えに反対する人は単に金持ちと幇間くらいにしか思っていなかったが、言論や信教の自由に敷衍されると、そうしたことに否定的なのかが、共感はできないが、理解できる。
 なんか本の中で、ロブスターを例に出して説明しているところが2箇所あるけど、ロブスター好きなの?w
 ロールズ、すべての当事者を自分の社会的地位、長所と短所、価値と目的を知りえない状態に置くことで、彼らが、自分の優位性を無意識に利用できないようにした(無知のベールがかかった)状態で、人々がどのような原理を選ぶか考えると、少数民族や宗教的少数派に属していたるときやどんな階級に生まれている場合のことを考えた、思想・信教の自由や、所得と富の再配分、もしくは、ある程度(医師が高給であること等)の格差を認めれば、再貧層の状況も改善できるかもしれないと考え、ロールズの言う「格差原理」を採用して、功利主義などは選ばれないだろう。こうした考えは面白い。
『だが、自立と選択の自由だけでは、同性婚の権利を正当化するのに十分ではない。仮に、自発的に結ばれたあらゆる親密な関係の道徳的価値について行政府が真に中立的だとすれば、国や州には、結婚を二人に限る根拠がなくなる。合意による一夫多妻あるいは一妻多夫も認められる。』(P402)今までそんなことを考えたことなかったけど、同姓婚を認めるとなると、「結婚を二人に限る根拠がなくなる」というような問題もでてくるのか。