蝶 (文春文庫)

蝶 (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
インパール戦線から帰還した男は、銃で妻と情夫を撃ち、出所後、小豆相場で成功。北の果ての海に程近い「司祭館」に住みつく。ある日、そこに映画のロケ隊がやってきて…戦後の長い虚無を生きる男を描く表題作ほか、現代最高の幻視者が、詩句から触発された全八篇。夢幻へ、狂気へと誘われる戦慄の短篇集。


 名前は「倒立する塔の殺人」で当時見ていたブログのいくつかで取り上げられているのを見て知っていたのだけど、その小説が文庫化しても当時あまりそういうのを読む気分でなかったから読まずにスルーして結局読めていなかったので、この作者さんの小説を読むのはこの本がはじめてだ。まあ、この本はミステリー小説ではないから、作者のミステリー小説もそのうち読まなくてはな。
 「【ゆっくりと大正クトゥルフ】灯火の行く橋【帝都モノガタリ】」を見て、大正時代あたりが舞台の小説を読みたいなと思って、ちょっとググって調べてみたら、どうも量が少なそうだなと思っていたが、たまたまどこかのQ&Aでこの本が上げられているのを見て(感想を書く段になって、どこで挙げられていたんだっけと思って何回かググって見たが、検索ワード思い出せないので、さっぱりだ)、名前も見たことあって興味があった作家さんだし、これを読もうかなと思って購入したが、戦前〜戦後あたりの時代の話が多くて、最初読もうと思ったのとは違ったかな、というか大正ロマンあるいは昭和モダン(たとえば、北村薫の「ベッキーさんシリーズ」のような)を期待して読んだが、まあ、それらとは違う重い雰囲気の短編群だったよ。
 短編は基本わからないものが多いけど、「幻燈」のラストのようなシーンと出会えると短編も毛嫌いせずに読まなくちゃなあという気にさせられる。「蝶」みたいに結局何が書きたかったのか、僕の知識と感受性では全然理解できなかったものも一杯あるけどね。短編を表すのに、計算されつくした幾何学的な、というの言い方がよくされるし、解りにくいものが多いから、解りやすい長編(というか娯楽小説)のほうが個人的には好みなので、短編は中々読まない。
 「空の色さえ」解説を見て、ああ、叔父は結核で寝付いていたのか。なんとなく解説を読む前は、私が二つに別れたときには叔父は既に死んでいるもので、祖母は叔父の思い出のために部屋をそのままにしているのだと勘違いしていた。『旧制高校に入る年、死んだ。その前から、結核で二階の部屋で寝付いていた。』(P27)の「旧制高校に入る年」が私のことなのかな、そうするとwiki旧制高校をみると下のカテゴリのところをみると男子校とあるから、「わたし」って男だったのか、なんとなく女性かと思っていた。
 表題作の「蝶」ラストで語り手が、何故自殺しようとしたのか、そこらへんがまったくわからんなあ。
 「想ひ出すなよ」の『一冊の書物の中で、わたしは何十年、ときには何百年を過ごし、恋を知り、闘争を知り、復讐を、苦悩を、裏切りを、知った。
 そのくせ、わたしは、現実の大人の世界のことは、何もわかっていなかった。』(P87)という文は身につまされるなあ。
 「龍騎兵は近づけり」、叔母が蝶を食べたシーンはかなりビクッときて、意味がわからずちょっとの間、思考停止してしまった。
 「幻燈」のラスト、なんとも言えず好き。元書生が語り手のことをそれでも好きだというのが、元書生の生の言葉が出てこなくてもわかるし、奥様のことを語り手がいまだに愛しているのがわかっているのに、2人の性交を見せることで生計を立てて、2人で見かけは夫婦のように暮らしているというのが、なんか関係とか商売とかは屈折しているのに純粋さがあり、美しくもあっていいね。
 「遺し文」、何人も入った後の湯を飲むって、ないわあ、本来は背徳的でエロティックな感じを覚えるべきシーンなのでしょうが、「汚い」という思いのほうが先にきてしまってそういう印象をまるで感じることができなかった。