推定無罪 下

新装版 推定無罪 (下) (文春文庫)

新装版 推定無罪 (下) (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
スキャンダラスな女性検事補殺しの法廷に被告人として立つ敏腕検事。彼は有罪か無罪か。白熱の法廷戦があらわにするのは法と正義をめぐる政治と欲望の闇。豊穣な人間ドラマと緊迫のサスペンスが完璧に融合した、歴史的ベストセラー。最後に明かされる意外な真相は、驚愕と悲しみをあなたにもたらす。これぞ第一級のミステリ。


 『無罪をかちとった瞬間の被告人を目にするチャンスも多かった。ほとんどの場合、彼らは泣く。有罪と見えた者ほど、泣き方が激しい。わたしはいつもそれを、安堵と罪の意識だと思っていた。だが、いまはっきりわかった。この試練、この――文字どおりの意味での――裁きに耐えぬいたあげく、残ったものはわが身の恥辱と修復不可能な被害でしかなかったという事実、それが信じられずに泣くのである。』(P308)

 下巻の最初の方のマーシー・ルピノのエピソード、幼馴染のマフィアグループに頼まれて賭博の賭率の計算をやっていて捕まり、組織のことをはかせようとしたがはかなかったので、ラドヤードという刑務所に送られて、そして、ドローヴァーという奴にフェラを強いられて拒否したら歯を全部折られ、『ゲロを吐くまで特別な手当てはしてやらん。だからあのくそルピノも、(中略)、しゃべるまでは入れ歯も入れてもらえんのですよ。』(P20)というエピソードはすごく恐ろしくて、ぞっとしてしまう。語り手のサビッチ自身がルピノをその刑務所に送った人間だから、自分もそうなるのではないか、と恐れているのも非常に納得できる。だが、1人の人間をその組織のことを暴くためとはいえそんなところ(彼自身の罪を考えると、不相応なところ)に送ったのだから、いまいち同情はできないが。
 リトル判事、冤罪を極力出さないために、陪審員たちに繰り返し、予断を持たぬように、まず無罪と推定するように、と殊更述べているのには、非常に安心感を持てて、少なくともリトル判事は絶対に検察官に迎合したりしないとわかって、気持ちが安らぐ。実際、その後も、必ず被告人側に肩入れしているから非常に<頼りになる>。
 つーか感想を書く段になって、ラレン『ハンサムな大男、ユーモアもあり、頭のきれる黒人』(P27)って書いてあるのが目に付いたが、いつも人物の描写を読み流しているから読んでいる最中は、ポトニック婦人がこの法廷の中で、殺害された人物のアパートの付近で見かけた人間はいますか?と尋ねられて、リトル判事を指さした時にとった、両手で顔をかくす、というリアクションでなんとなく、元ガンバの監督のセホーンがやっていると考えるとコミカルで似合いそうだと思い、そっからずっと脳内イメージがセホーンだったわ(笑)。ちなみにこのポトニック婦人がリトル判事やモルト検事を見かけたといったシーンは、指された人間のリアクション含めて「推定無罪」の中で一番の笑いどころw。
 スターン『彼の職業生活における最も華々しい裁判の一つで、冒頭陳述を行うのだ。わたしは突然、羨望でいっぱいになる。この事件を担当するのがどんなに楽しいことか、いままでまったく心にうかばなかった。』(P36)やる気満々で頼りになるなあ。そして、やっぱり法曹家としては、大きな事件というのは機会があるなら是非やりたい、と思うものなのかな?まあ、羨ましいと思っている、サビッチは結構なエリートのようだし、上昇志向のある人や自身の能力を示したい(あるいは試したい)人ならではかもしれないが。
 裁判始まるまでは、サビッチが探偵役なのかと思っていたら、どうもむしろスターンの方が探偵っぽいね(笑)、まあ、スターンの弁舌は非常に頼もしく、格好いいから別にいいけど。
 電話を不意に取ったときに話を聞いたとユージニアは証言しているが、スターンの質問により、その証言を肯定すると、常習的に盗聴していると認めることになる状況になって、会話の内容を聞いたのではなく、瞬間的に耳にしたと突如証言を変更した。ユージニアが、なにかあったら辞めさせられると楽に想定できるくらい、嫌われているという設定が、こんなところで生きてくるとは!
 友人のリップダンサーの証言は、あざとくて効果があがらない(というか、逆にサビッチ庇いすぎて、その証言の信頼性が下がっている)のに、サビッチはその夜に共に2人で事件捜査に乗り出すために顔を合わせたときに、その証言を褒めるというサビッチの優しさ、思いやりには軽く泣けるわ。
 ラスティ、無罪が決まった後、裁判の折に長年のサビッチの忠誠を鑑みず、むしろ検事側に立って証言したレイモンドと会ったときに安易な許しをするのではなく、怒りをもっていることを示したのには、なんか安心した。
真犯人、まるで気がつかなかったわあ、真相が明かされる10ページ前でもまだ真犯人に疑いを抱いていなかった(それほどありえないと思っていた人物な)ので非常に驚いた。
 全部読み終わった後でも、モルトがキャロリンに対して憧れみたいな気持ちを抱いている理由はいまいちわからんな、まあ、それは単に僕が読み飛ばしてしまった(というか、関心を払っていなかったから入ったそばから抜け落ちたw)可能性が非常に高いけれどw。
 リップダンサー、疑っていながらも有罪にならないように助力してたのか、本当の友人だねえ。いや、その行為が褒めてよいものではないけど、そうした行為をした理由は友情以外に納得できないから。サビッチが真相を話した後ですら、まだ一抹の疑念を抱いているようだしね。