人間の叡智

人間の叡智 (文春新書 869)

人間の叡智 (文春新書 869)

内容紹介
なぜあなたの仕事はつらく、給料は上がらないのか? TPP加盟はほんとうに悪なのか? 橋下徹氏にこの国をゆだねるべきか? こうした問題を解くキーワードが「新・帝国主義」です。いまや米露中、EUと中東は、「新・帝国主義」によって世界を再編し、国家のエゴ剥き出しで戦っています。
今こそ「帝国主義」という言葉の悪魔祓いをし、現状を冷静に認識するときです。食うか食われるかの帝国主義的外交ゲームの中で、少なくとも食われないようにすること。その武器になるのが、「人間の叡智」です。
ハイレベルな世界情勢をわかりやすく語りおろした、佐藤優氏、渾身の一冊。

●第1章 なぜあなたの仕事はつらいのか
給料が上がらないわけ/3・11 国家が消えた瞬間/本質が見えてないTPP反対論/保護主義と移民の運命
●第2章 今、世界はどうなっているか
何に怒っているのか不明な巨竜・中国/曖昧な帝国・イギリスに学べ/「プーチン皇帝」と北方領土返還
●第3章 ハルマゲドンを信じている人々
終末思想のイラン大統領が核のボタンを押す日/北朝鮮イスラエルの真意/新しい「東西対立」/とんでもない鳩山イラン訪問/日本は核武装すべきか
●第4章 『資本論』で人生が開ける
日米安保という「国体」/エリート層の崩壊と「脱原発」/宇野経済学で貨幣と労働がみえる/ゼロ成長社会脱出の処方箋
●第5章 ファシズム橋下徹
ハシズムファシズム/「家政婦のミタ」が示すもの/実は独裁的な野田政権/物語の力とアイロニー
●第6章 どうやって善く生きるか
二つの古典をもて/「心が折れてしまう」人へ/マネー教育をしてはいけない/東大秋入学は国家の生存本能


 この本は、語り下しというちょっと変わった形式で書かれた(語られた)本らしい、わかりやすさのためらしいが、個人的には(理解しているかはともかくw)著者の本は、面白くグイグイ引き込まれるような内容なので、読みづらいと感じたことがなかった(いや、神学や思想のことが書かれているときは、僕の知的レベルの低さのせいで、ちんぷんかんぷんだがw、だからそこらは読み飛ばしているけど)から、わかりやすさのために、と理由が語られているのをみて、そういった文章だったのか、とちょっと虚をつかれたような気分になった。
 現在は帝国主義の時代に似てきている、ただそれは植民地分割などの戦争ではなく、相手国の利益を考えず自国の利益だけを最大限に主張するもので、弱肉強食という点では同じだが、帝国主義の版図の拡大ではなく自国の権益の拡大を目的とするものである。国際社会が沈黙していると平然と自国の権益を拡大し、国際社会が騒ぐと国際協調に転じる、ただそれは心を入れ替えた結果でなく諸外国の反発を買うと自国が損するからだ。『新・帝国主義の時代には、情報収集、収集した情報の性差と分析などとともに、これらの情報をもとに、以下に時刻の国益を増大するような物語を構築できるかという、ストーリーテラーとしての能力が必要とされる。』(P8)という指摘には、なるほど、と納得がいく。
 ソ連ができたことで、資本主義を守るために福祉や失業対策といった政策をあえてとって、社会主義体制にならないようにしてきた。しかしソ連が崩壊したことで、資本は遠慮する必要がなくなった。というのを聞く(見る)と、社会主義体制が資本主義の国にとって脅威であり続けてくれたほうがよかったなんて悪い考えが頭をよぎってしまうな、僕のような日本の一庶民からすると。
 『いまは再び振り子が国家の機能強化の方向に触れようとしています。先進国はみなそうです。』(P20-1)ということだが、大きくなること自体はいいんだけど、それが福祉や失業対策といった方向に流れなさそうなのは嫌だな。
 沖縄に「エリートの巡礼」が起きている、それは『宗主国の大学よりも植民地の大学を出ていることの方が、地元のエリートにとって重要になるということです。/沖縄の場合は、琉球大学の卒業生が、恐らく県庁職員の過半数を占めていると思います。(中略)主要地場産業の中心を琉球大学出身者が圧倒的な比率で占め』他の沖縄の大学を『足すと、ほとんど寡占状態になっている』『それは東大を頂点とする日本の大学のヒエラルキーからすれば、これは異常です。』(P28)ということだが、そう考えると沖縄って日本の中でも異質なんだなという改めて実感する。ただ、その沖縄を抱えているから日本はいまだ帝国で、帝国的発想ができるというプラスがあるという観点にはなるほどな。
 TPPは誰の身内になるかが問われている、というもので、TPPは保護主義というのは、全くなかった観点で目からうろこだ、中国との間に壁をつくる必要があるということで、そういった意味ではTPPもありかもしれないが、『政治力を発揮して、日本の国益を反映させる交渉をきちんとおこなえば、相当巻き返せると思います』(P32)というのには、正直そういった自国の利益を勝ち取る交渉で官僚に期待することができないからなあ……。
 移民政策には、同化型と寛容型の二通りしかない、前者はフランスで後者はイギリス、前者だと厳しく同化を迫るが二代目には差別が完全になくなり、後者の寛容主義だと経済状態がいいときはうまくいくが、経済が悪くなると移民に皺寄せが着て差別されて就職できなくなるデメリットがある。フランス人に『なりきれないなら差別を受けるのは当たり前だというフランス・システムか、どうぞ皆さん歓迎しますといって安い労働力としてこき使い、本質的には社会には入れてやらないというイギリスの寛容型か』(P37)という二者択一、そう聞くと一長一短だが、後者の方が過度に褒められているような気がしないでもないな。というか、日本はどっちなんだろ?歴史的(東北にいた蝦夷とか、アイヌとか)には同化せまっていたが、二代目には…というのは?だな、というか、そういう二代目に完全になくなるためには、自らもそうして同化したという層が一定程度いないといけないという気もするから、その違いなのかな。
 「自壊する帝国」で出てきたサーシャ、現在はプーチンイデオロギー作りに携わっていて、最近再び話した、という話はあのまま「自壊する帝国」を読んだ後、あのまま別離したままでは、ちょっと後味が悪いと思っていたので、交流再開できたようなので、なんかホッとした。
 野田外交、イランに期待以上の締め上げの姿勢をみせたおかげで、普天間アメリカは譲り始め、TPPの議論でもアメリカの圧力は減ってきている、というのを見て、正直そんな大きな仕事をしていたのな。そう考えると、民主党ってことで野田さんもよくないイメージをもっていたが、イメージが変わったよ。しかし、そうしたイランへの姿勢でアメリカからそうした譲歩があったのに、鳩山のイラン訪問はそうした立場に疑念を持たせかねないもの、ということには鳩山本当にろくなことやらないな、と嘆息。また、『外交に関しては、自民党政権時代からずっとできなかったことを、野田政権は根本治療し始めたという印象があります。その一つが北方領土の段階的解決です。』(P185)そういう風に聞くと、野田首相は普通にいい総理だという気がしてきたなあ。
 『そもそも民主主義について考えた場合、国民一人ひとりが常に政治に関心をもっている体制は、いい体制ではないのです。それでは生産活動がおろそかになってしまうからです。』(P136)なんというか現代では関心を持たなければいけないとされている分野が広すぎて、とてもじゃないが一般人にはフォローできないレベルを要求されている気がするから、もっと負担が少ないほうがいいと思うから、いい体制ではないというのには同意したいのだが、政治を担うべきエリートが信頼できないから、エリート層に任せることができないことが辛いところだ。
 民主主義と独裁は矛盾しない、国会議員を少なくしていっても、それでも民主主義だから、究極的に1人にしても同じになる、という説明にはなるほど、そう考えればそうか、とも思える。
 『ファシズムは資本主義も社会主義も、両方を包括するカテゴリーといえます。ファシズムには、外部を作り出す力もあるし、格差を現実に是正する力もある。人間を性悪説で捉え、暴力装置である国家が乗り出すことによって雇用を確保し、所得の再配分をする。同時に、労働者には絶対争議を起こさせない。ファシズムが生まれるのはそれだけの理由があるのです。』(P171)ファシズムにもメリットが、というかファシズムって使われるのを耳目にする機会が多いわりには具体的なことをなにもしらないので、ファシズムについてわかりやすく書かれた本があったら読みたいなあ。
 『橋本維新とは「遅れてきた新自由主義政策」と言ってもよい』(P178)今までも公務員の給与削減を単純にいいこととして捕らえている人が多いのは、マルティン・ニーメラー牧師の「ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。/ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。/ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。/ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。」という詩(というか、うろ覚えだったからググって調べてみてはじめてしったが、この詩って単独でwikiで記事〈「彼らが最初共産主義者を攻撃したとき」〉までできているほど有名だったんだね)を想起させるようなことなので、その時点で正直余り好きではなかったのだが、個人的には新自由主義も好きになれんので、企業や市民に任せることが良い結果を生むと考えるということは、国が自らの不作為によってそんな都合のよいものを期待しているのは滑稽に見えるし、ちょっと政府といった責任を追う立場であるはずの機関の責任放棄・怠慢のように思ってしまう。つーかアメリカでは、サブプライムでも結局は政府(血税)で大企業の尻拭いをしてたしねぇ……。
 あと本書の内容の要点では全然ない情報の部分だが『現代でも日常的に読書する人間は特殊な階級に属しているという自己意識を持つ必要があると思います。/読書人口は,私の皮膚感覚ではどの国でも総人口の五パーセント程度だから、日本では五、六百万人ではないでしょうか』(P206)というのは思ったより低いな、若年層は他の世代より割合は高いと思うけど、全体としてはそんなに少ないのか。まあ、『新書を読むような人はやはり読書人階級に属しているのです。物事の理屈とか意味を知りたいという欲望が強い人たちで、他の人たちと少し違うわけです。』(P205)ということだから「新書」はそんなに読まないし、「日常的に読書」という言葉の「読書」が、堅い本であったり、何か難しいものの解説の本という意味なら、僕は読書階級にないなw(そういう本は買って、読んでも結局読み流してしまうことがほとんどだし)。