裁判百年史ものがたり

裁判百年史ものがたり (文春文庫)

裁判百年史ものがたり (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
裁判はこんなに面白いのか!時代を変えた12の法廷ドラマを、夏樹静子が迫真のノンフィクションノベルに。帝銀事件永山則夫事件など有名事件から、翼賛選挙に無効判決を下した裁判長の苦悩、犯罪被害者になった弁護士の闘いまで、資料を駆使した人間ドラマとして描く。判決の裏にあった人々の苦闘と勇気に胸が熱くなる傑作。

 ミステリー小説家として名前は知っていたけど、読んだことはなかったのだが、まさか小説以外の本で読むことになるとは思わなかったよ(笑)。
 大津事件、児島、司法の独立は守ったが、政府側に説得された人間を説得し返すのに地位を利用したのは、裁判官への不当な干渉ではないか?などの批判もあるということはこの本ではじめて知った。また、皇室に対する罪を適用せずに無期徒刑とした、事件から16日後(!)に下された判決には、報道機関や国民の多くも支持していたのもちょっと驚き。ロシアへの謝罪ムードが強かったと思っていたから、それで大丈夫なの?と不安になっているとばかり思っていた。
 昭和の陪審制、裁判官は陪審員が出した答申に拘束力なかったとは聞いていたので、ただ座っているだけの体裁だけ整えた程度の無意味なものと今までは思っていたが、陪審裁判(被告人否認事件に限られていた)での無罪率が殺人で6.3%、放火で31%と、当時の通常手続きの第一審無罪判決が両方1%に満たず、1985-1995の十年間の否認事件の無罪率も1.8%に過ぎないことを考えれば、有罪とするには証拠がたりない場合に、無理に有罪とすることを抑止する効果があり、冤罪をだす恐れが非常に減ったことがわかり、案外高価があったのだなあ、と驚いた。
 帝銀事件、犯人とされて捕まった平沢に、年に何人も死刑執行者が出ている中、30年も死刑が執行されていないというのは、警察や検察の面子の為に間違いを認めていないだけで、冤罪の可能性の方が高いとわかっているだろうに、なぜ間違いを認めて捜査をしなおさないのかねえ、まあ、捜査しても何十年も立ったのでは、時効になってしまっているだろうが……。冤罪で牢死して、犯人は何の罪にも問われずに、司法が別の人間を捕まえているから捕まるだろうと恐れることもなく、平穏に社会の中で暮らしているだろう、ということを考えるとその結末はあまりにもやるせない。
 岡村弁護士の妻が殺された事件で、岡村は自身が被害者になったことで、被害者には裁判の内容がろくにわからないことや、被害者は証拠をみることができず情報から隔離され、マスコミに流される資料すら渡されないという風に、被害者側がないがしろされているという不合理に愕然とする、また、自らが被害者の立場に置かれなければ被害者が内外白にされているという実態について、弁護士を長年やっているにもかかわらず、今まで気がつかなかったことを自省する。そしてそこから、犯罪被害者の会を立ち上げ、被害者や被害者家族の救済を目的として活動を開始する。それまでは殺人で被害者側が加害者から賠償を得たのはわずかに2割であり、被害者の怪我の治療費が被害者側の自己負担になっているという事実には愕然とするし、あまりの救いのなさに気が滅入る。しかし、『被害者の事件後三ヶ月間の高額医療費の自己負担額は、国が犯罪被害者等給付金を通じて支払うと決められ』(P367)、更に被害者の裁判参加や、付託私訴や被害者が公判記録の閲覧・謄写ができるようになった。今まで被害者に与えられていた苦痛が、一挙に多くを取り除くことができたのはいいことだ、こういう結末を最後に読めて本当にホッとした。こうした被害者側へのセーフティネットとしての制度が整えられたことを知り、被害者のことやもし被害者になった場合を考えると、これでとうとう一定程度の救済ができたということがわかり、ようやく安堵することができたよ。