フォークの先、希望の後

内容(「BOOK」データベースより)
「彼が現れると、誰かが死ぬ」。都内の観賞魚専門店に流れる、黒服の美少年にまつわる奇妙な噂。家庭の事情を抱えた女子大生・浅岡彼方は、日給五万円に惹かれて、その少年の屋敷で魚の世話をすることに。そこで彼女は、理想の君・高槻に遭遇する。純愛の行方は?そして、噂の少年“thanatos666”の正体とは?―。

 「THANATOS」シリーズは、2冊目の「まごころを、君に」がすごく面白かったので、ずっと3冊目のこの本が文庫化されるのを一日千秋の思いで待っていたのだけど、中々文庫化されなくて(シリーズ1作目と2作目が文庫化するまでの間に比べて)遅いなあ、と思いつつも待っていたが、ようやく文庫化したので発売日に早速購入。しかし、この本のあとがきや解説を見るに、このシリーズはこの本(から?)はミステリー色が薄く、ノベルス版では「ラブ&ホラー」と銘打たれていたようだけど、でもストーカー、肺魚盗難、自殺の真相など謎は出てくるし解決されるので、ミステリーでもあるけど謎の解明が主題としておかれず、謎に迫ったりという過程が少ないから、そういう意味でミステリー色が薄いということか。まあ、個人的にはミステリーを読んで謎について真剣に真相を見抜こうと考えたりはあまりしないので真相が明らかにされて、雰囲気が味わえればいいから、別に困らないけど。そんなことよりも、この本も面白かったことが重要ね。
 今までは高槻視点で物語が語られていたけど、今回は浅岡彼方という立花家の魚たちの給餌や器具のメンテナンスなどをするバイトとして新たに雇われた人の視点で語られる。
 真樹が何者かに銃撃を受けているときに、高槻に対してした救援を要請するメールの文章が『やべーハンパねーオレ今ネタじゃなくてマジで撃たれてっしー?/(^o^)\どんだけー』(P57-8)なのには笑った、さすがは真樹だと納得できる異常な平常心(笑)。
 湊が小笠原の絶海の孤島云々という台詞を出してようやくこの話が、時系列的には1巻より前の時点からスタートしていたということに気がついた。
 湊の台詞に対して彼方がした『その台詞はまるで、ドラマみたいに格好よすぎて――何を言っているのか全然わからなかった。』(P201)という反応には笑った。
 彼方、なんか念入りに身辺調査されていたのは面接のときに『こちらのお宅、ポリプテルスも居るって聞いたんですが』(P27)などと言っていたからそのせいもあるのかな。
 彼方が美樹に頼んだことで、喧嘩(としか表わしようのない事態)になったが、最後に真樹が高槻に言った『たぶん、あんた正しいんだと思うよ。――でも、そういうのいらないんだよ、オレたちには。あんたもちょっと、諦めるのに慣れて』(P293)といった言葉と、後に彼方に言った、だけど『何が正しくて何が間違ってるかなんて、大抵の人は最初からわかっているんだよ。――わかってるとこにお前は間違ってるとか大声で言われたって差、そんな門ほっとけバカ鈍感野郎って思わない?』(P347)という言葉に全てが集約されている気がするな。高槻は、彼方が美樹と脳の3分の1を失い植物人間状態になっている父に会わせて死んでもらおうとするというような行動を、黙って見過ごすことができないくらい善人だけど、その行動が望まれているかや良い結果を生むかというのとは別の話だということだな。まあ結局、彼方はそういう行動をしたことに後悔して、それにその行為に自責を感じるということは結局自覚あるなしはともかく責任の一部を美樹に投げているようなものだから、高槻が行かせようとしなかったのは結果としては正しかったけど。同時に、彼方の友人の自殺のように善意の行動が悪い結果を生むというのも、悲しいけどよくあるから難しいけど。
 『何せ御堂が入院中、ずっとその絵を眺めていたのだから』(P394)というのは自分でも良くわからんが無性に泣けた。彼方が言っているように余命が少ないから美談に見えるだけかもしれないが、彼は報われずとも自分の行為自体に充足しているように見え、ひどく純粋で美しく感じ好ましかったから、彼方が自分の絵を彼の棺と一緒に燃やすことで、彼は最高の弔い方をされたように思えたので、そこが良くて、思わずうるっときてしまった。