アヘン王国潜入記

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

アヘン王国潜入記 (集英社文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ミャンマー北部、反政府ゲリラの支配区・ワ州。1995年、アヘンを持つ者が力を握る無法地帯ともいわれるその地に単身7カ月、播種から収穫までケシ栽培に従事した著者が見た麻薬生産。それは農業なのか犯罪なのか。小さな村の暖かい人間模様、経済、教育。実際のアヘン中毒とはどういうことか。「そこまでやるか」と常に読者を驚かせてきた著者の伝説のルポルタージュ、待望の文庫化。

 『現在、世界に残されている「秘境」とは、「政治的秘境」か、人間の精神の暗部にすくう比喩的な意味での秘境しかないというのが、私が十年にわたってアフリカや南米などの辺境を歩いて得た結論であった。そして、その両方向の好奇心を満たすと思われる「秘境」が、このゴールデン・トライアングルというわけだ』(P19)本当に色々な意味で危ない地域に行こうと思う、そしてそうした地域を好奇心を満たす秘境と捉えているという、その冒険者的精神はすごいな(正直尊敬半分呆れ半分だけど)。
 ワ軍外交部副部長で高野さんの保証人であるサイ・パオは、18歳から10年ラオスでCIAの仕事をしていた。という話の後、ラオス旧宗主国のフランスが撤退した1954年から、共産化する1975年までの間アメリカとの結びつき強く、当時はそのラオス国軍の総司令官地震がヘロインの精製所や密輸ルートをコントロールしていて、しかもそのお先棒を担いでいたのがCIA(!)だという説明には驚いた。いくら冷戦時代に、反共ゲリラの軍資金を得るためとはいえ、そんな黒いことをやっていたのかアメリカ!。
 ワ軍、軍内クーデターで追い落とされた旧共産党系の人たちが旗揚げしたが、戦う前に停戦条約を結んだという経緯があるため、設立以来一度も政府軍と闘ったことはないのに政府軍と共闘したことはあるという不思議な反政府ゲリラ。また、ワ州ではもともと貧しかったが政治的抑圧を受けていたわけではないのに、ビルマ共産党の支配を受けた、原始共産制共産主義が破壊した稀有な例とのこと。また、ワ州では中国の息がかかった共産党を追い出したことを「解放」という、「解放」は中国では共産党が政権をとったことを指すものであるが、ワ語には「解放」という言葉がないので中国語で共産党を追っ払ったことを解放と呼ぶというのは皮肉だな。
 ワ人社会、上の人間でも威張った態度をとることがない。たとえばワ軍総司令官タ・パンに滞在許可を貰った夜に、謝アルーの邸宅に招かれた時、対面にタ・パンが座って高野さんに食べ物を取り分けているのに、それがタ・パンだとは高野さんが気づかなかったほどにアット・ホーム(笑)。
 ワ州で開かれる市はすべて五日市ということは、10日にいっぺんしか買い物できないということで、ワ州の多くの地域はまだまだ中世的生活サイクルを脱してきれていなかったということかな。と思ったら、5日にいっぺんかい。
 高野さん、滞在費やタバコ、ガソリン代も無料という遇せられ方をした。
 高野さんは滞在していた辺鄙な村で、そこの村の人たちの名前を覚えるためにポラロイドカメラで家族の写真を2枚撮影して、一枚はあげてもう一枚は、そこの家の住人の名前や家族構成を覚えるのに使ったというのは、非常に上手いやり方で感心した。
 高野さんが滞在していた村では、食事は主食の米は不自由をしていなかったが、それ以外の食べ物が少ない。というのは、なんとなく江戸時代とかそれ以前の日本を連想した、なんか、その頃の日本もやったらコメばかり多いイメージがあるので。また、宵越しの喧嘩はしない、というか翌日まで持ち越すのは野暮だというメンタリティは格好いいな。
 しかし、高野さんその村でケシの栽培から収穫までやり、そのあと収穫の手伝いの分け前を吸っていたらアヘン中毒になってしまったというのは、さすがに笑うよりも心配になってしまう。しかし、中毒になってしまったときの心理状態の描写は中々見れない、というかそういうような本を見ないから見る機会ないので中々興味深い。それと高野さんが中毒から復帰できたのは本当にほっとする、良くぞご無事で。
 ワ語が片言しか話せない高野さんが教師役として、ワ人に標準ワ語を教え、発音矯正するはめになったという喜劇的状況には、笑ってはいけないのかもしれないがこらえることができない(笑)。
 国内に何十もの民族がいるビルマの状態を東南アジアのユーゴスラビアと譬えているのを見て、ビルマ内部を完全に一律に支配するのは、非常に難しそうなことだけは理解できた。
 文庫版あとがきの、本書を翻訳してもらい英語版も作って、海外の新聞などにも書評が載せられたということや、その後アメリカ人書評家を介してタイの東大であるチュラロンコン大学大学院に呼ばれて、そこで講義したなどの後日談は読んでいて楽しい。しかし、『世界的に色物であることがこれで判明した』(P375)という反応だったようだけど(笑)。そして、解説で軍事政権の最高実力者だったキン・ニュイと日本大使がヘリに同乗した際に、日本大使が持っていたこの本の単行本の表紙にワ軍兵士の写真が使われていることに目をつけた、キン・ニュイがこれは何かと聞いて、大使が説明したら、キン・ニュイがワ州のアヘン生産の実態を知りたいから3冊送ってくれと要請して、英語版になる前に実はビルマ語訳になっていたというエピソードは、国家の政治規模の話になっていることに驚く!。