トゥルー・ストーリーズ

トゥルー・ストーリーズ (新潮文庫)

トゥルー・ストーリーズ (新潮文庫)

内容紹介
ちょっとした偶然。人知を超えた暗合。ときに茫然とし、ときに立ち尽くしたその瞬間を人は容易に忘れるが、作家は忘れない。自らの体験を元に驚くべき偶然の連続を、しかし淡々と綴る名作「赤いノートブック」を始め、無名時代の貧乏生活を軽やかに描く「その日暮らし」、9.11直後のNYに捧げた「覚え書き」など、柔らかななかにも力強い声が聞こえる傑作エッセイ集。日本独自編集。

 オースターを読むのは久々だが、彼のエッセイを読むのははじめて。訳者あとがきにも書いているように、「嘘のような本当の話」を集めたエッセイ、それと分量的にこの本の半分を占めている「その日暮らし――若き日の失敗の記録」は副題を見ればわかる通り、著者の若いころについて書いた自伝的内容のもの。
 はじめの方の話で、若いころに金欠で窮乏して食物の蓄えもほとんどなくなったときに、同居人と残りの食材での最後の食事としてオニオンパイを作って食べたが、最初の何口かは美味しく思ったが、生焼けだったので、改めて焼きなおすときに、オーブンの前に立っていたのでは少し食べてより空腹を感じはじめたのに、更に時間が長く感じるので、生焼けのパイをオーブンに入れて少し散歩しにいったら、思いのほか話し込んでしまい、黒焦げになって食べられなくなってしまった。その直ぐあとに、たまにふらっと現れてホテルがわりに止まっていって、その分の代金を置いていってくれるシュガー氏が来てくれて、レストランでおごってくれ、またその宿泊したときにおいて言ってくれたお金で当座の困窮がしのげたというエピソードで、そうしてレストランでおごってくれたものの味より、再度オーブンで加熱していて焦がしてしまったオニオンパイの味はずっと忘れていないというのは印象的。
 ずっと読みたかった本を若い女性が持っているのを見つけ、その本をずっと探していたことと「どこへいけば帰るかわかりますか」を言うと、『「これを差し上げます」と女性は答えた。/「でもそれはあなたのでしょう」とRは言った。/「私のだったんです」と女性は言った。「でも私はもう読み終えました。あなたにこの本をあげるために、私は今日ここへきたんです」』(P26-8)この人の台詞は格好いいな!
 著者の親友のフランスの詩人Cは、母に父がひどい人だと聞かされていて40年間会ったことがなかったが、電話会社が配っていた国民の住所と電話番号を調べられる機械(今考えると、個人情報保護の面でゾッとするような話だが)でふと思い立ち父の住所を調べて、自分の著書を父の住所に宛てて送った。それから文通が開始されたがしばらくして父が死んで、そのあと義母から父の視点からみた生涯を語ったが、それは母が語った話とは何から何まで口違う話で、その2つのヴァージョンの人生が彼の過去になった。この2つのうちどちらが真実に近いから、それは断然父の物語なんだろうが、子供の頃から聞かされていた自分の(両親の)過去の物語をそれは嘘だと、頭では簡単に断ずることができても、実際難しそうだから、長らくその2つの事実の折り合いをつけられずに困惑しそうだ。しかし、今まで個人的には、見知らぬあるいは幼少期からあっていない実父(実母)を探す云々というテレビ番組とかを見ても(以前そんなのがあったが、現在も偶にでもやっているのかね)、手軽な自分探しの一種のような、育ててくれた家族をないがしろにするような感じがしていまいち好意的に見ることができなかったが、こういう風に本当の自分の物語を知ることが出来るような場合もあるのかと思って、今までの自分の態度について少し反省した。
 しかし、若いころに無声映画のシナリオを書いてみたこともあるというのは、その頃から無声映画に関心を持っていたから、後に「幻影の書」という無声映画というものが深く関わってくる小説を著わしたのか。
 パリにいた頃、映画のシナリオを読んで、それを6、7ページに要約するという仕事をしたとき、「これは映画だ、シェークスピアじゃない。目いっぱい低俗に書けよ」というアドバイスを受け、その助言どおりに低俗で装飾過多に要約を書いたら、褒められたという話は面白いな。
 レヴィ・ストロースの弟子の人類学者のクラストルの「グアヤキ・インディアンの記録」について、『報告者が自分の存在を感情に入れていない、異界からの報告書ではないのだ。一人の人間の体験をつづった真実の物語、この上なく本質的な問いに徹した書である。』(P300)と褒めているので読みたくなったが、ちょっとググッてみたら邦訳が出ているのは嬉しいが、5000円もするのか。まあ、そういえば、以前から気になっているレヴィ・ストロースも読んでいないから、それを1冊でも読み終えなければいけないから、とりあえずそれを読んでみてから買うかどうか悩むか。いつになることかわからないし、それ以前にそれまでクラストルという名前を記憶しているか、自信がないが(苦笑)。