代替医療解剖

代替医療解剖 (新潮文庫)

代替医療解剖 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)
ワシントンは血を抜かれすぎて死んだ。瀉血が信じられていたからだ。壊血病患者は重労働を課された。ビタミンCが未知だったために。ナイチンゲールの登場以降、医療効果を科学的に測定しようという試みは、2000年代、ついに代替医療へと―。鍼、カイロ、ホメオパシー他の最新の科学的評価とは?知られざる逸話とともに語られる、代替医療の真実。

 いっそ気持ちいいくらいに、鍼とかカイロプラクティックなどに抱いている幻想をバッサバッサと斬ってくれるね(笑)。それらの代替療法のほとんどが効果はプラセボによるものしかないか、あるいは効果が肯定的な症状についても、それより効き目のある薬が安価で買えることを実に説得的に書いてくれている。プラセボ効果による医療でも実際に効果があるのであればいいと考える向きもあるかもしれないが、そうした代替医療に依存して、通常医療を拒否したり、通常の病院へ通わないことで、本来であれば早期発見できた病気が手遅れになったり、通常医療なら治療できる病気によって死ぬということが(実例もわんさか)あるから駄目だという理屈は非常に説得力があり、今までプラセボでも効果があるならと思っていた1人だったけど、その説明で納得した。
 また一般医でも、どうしても薬を欲しがる人に対してそうした効果のない代替医療を勧めることがあるが、それはプラセボ効果でも効果があるからだが、しかしそうした行為は患者を騙すことになるし、結果として効果のない薬を宣伝し、また通常医療から患者の足を代替医療(近代以前の医療と同様に効果より害の方が大きな治療)のほうに向かわせかねないという強いマイナス面があると批判している。また、プラセボ効果を最大限に引き出すにはその治療法が特別に見えるように誇張したうそをつくのが最も効果的ということだから、そうやって患者が通常医療から代替医療へと鞍替えする危険性は強い。
 しかしそうしたプラセボ効果を利用する治療者と、実際に効果がないものを使用しない治療者の対比ってことでいうと、村田蔵六大村益次郎)の父は葛根湯医とよばれるほどなんにでも葛根湯をだしたが、蔵六は効果がない薬は出さなかったという、大村益次郎村田蔵六)父子が非常に象徴的だ。
 かつての代替医療の1つであった瀉血では昼を用いることがあり、その場合、デラトミー(ヒル切開)を行った、それをすると『『ヒルの体内に入った血液がそのまま外に流れ出すようにすると、ヒルはいつまでも満腹にならないので、血を吸い続ける』(P23)というのは、ただでさえヒルってことでグロいのに、よりグロテスクだ。あと16世紀のフランス王の侍医は、ヒルを除去するために、アロエの粉末か塩あるいは灰を用いたと書いてあるのを見て、そのころからアロエってヨーロッパで使用されていたんだと知ったが、それが王宮みたいな特殊なところだから活用されていたのか、かなり民間にもアロエは普及していたのか、そしとアロエがヨーロッパでも栽培できたのか少し知りたい。
 しかし瀉血を繰り返したことによって、アメリカの初代大統領ワシントンは一日に血液の半分を失い死亡した、しかもそれが当時のきちんとした医療として行われたということには、背筋が凍るほどの恐ろしさを感じる。
 ナイチンゲールのやった環境を改善して、それを統計にとって眼に見える形にして有効性を明らかにして、さらにそれをお偉方にもわかるようにしたということや、あるいは当時は重篤な患者ほど、訓練を受けた看護師に世話させるから、訓練を受けた看護師に世話させるほうが死亡率が高く、看護師の要請は無駄なことと多くの人が考えられていたが、訓練を受けた看護婦とそうでない看護婦とに患者をランダムに割り振って、訓練を受けた看護婦に世話になったほうが良い経過をたどることを証明したとか、科学的根拠を突きつけることによって、医療を変革したエピソードは、本書で現代の代替医療が科学的根拠なしにやっていて、そしてそうした代替医療が幅を利かせている現状を見ると、150年前の彼女の業績には改めて光り輝くものを感じる。
 あと関係ないけど『ドイツ人の医師で旅行家でもあったエンゲルベルト・ケンプファーが、日本で検分した鍼治療のようすを書き留め』(P82)ケンプファー、一瞬誰かと思ったが「ケンペル」のことね。
 ヘイガース、1800年プラセボ効果が本物の治療効果として一役演じていることを書いた。そしてプラセボ効果を大きくする要因として『医師の評判が高いこと、治療費が高いこと、治療法が目新しいことという三つの要素が、とくにプラセボ効果を高めると結論した。古来、多くの医師たちが自分の評判を高めることに熱心で、治療費が高いのはそれだけの効果があるからだと主張し、治療法の新しさを力説していることから考えて、医師たちはきっとプラセボ効果の存在に気づいていたのだろう。じっさい、ヘイガースがこの実験を行う前から、医師たちは何世紀にみわたり、こっそりとプラセボ効果を利用していたとみてまず間違いない。』(P104)というように、治療費が高いことはプラセボ効果を高める働きをしたというのは驚きだ。そして本当に効く薬(例えばアスピリンとか)でもその薬の効果にプラスして、薬の効果や医師への信頼によるプラセボ効果が実際にあるというのも知らなかったので目から鱗だった。
 『プラセボ効果がとくに起こりやすいのは、痛み、腫れ、熱、昏睡、食欲不振といった症状に対してなのである。』(P111)というのは、へえ。あと、『食欲不振になれば、食べ物を探して歩き回ることもないので、更に休養が取りやすい』って食欲不振で食べなくなると体力が消耗していくだけというイメージが強く、歩き回る必要性という観点はなかったわ。
 鍼治療や指圧や灸の効果は、ほとんど全てがプラセボ効果(指圧はマッサージ効果もあるが)。そして、ある程度効果について肯定的な分野(いくつかの痛みや吐き気)の症状についても、その効果は小さく、ふつうの薬の方がずっと安くつく。ちなみにWHOのレポートで、鍼が効果あるとしたが、それは非常に信頼性の低い実験の結果も取り込んだせいで起こったもののようで、そうしたレポートが作られたのは政治的に代替治療に迎合しているという面が悲しいことながらありそうだ。ただ、医療におけるプラセボは強力で、疑いようもない影響を及ぼすし、鍼はプラセボ効果を引き出しやすくはある。そしてそんな結論を見ることで気や経絡について、基本的には嘘だろと思いつつも、もしかしたら、とも思っていた幻想をあっさりと打ち砕き、そんなものはないという結論に到達させられる。また、鍼には適切な殺菌がされないことによる感染や神経や臓器を傷つけかねないといったリスクがある。
 ホメオパシーで普通の30C(C=100)の希釈は、母液が1,000,000,000, 000,000,000, 000,000,000, 000,000,000, 000,000,000, 000,000,000, 000,000倍になるため、初めの母液に含まれていた分子は1個も含まれていない、つまり元がもし有効であったとしてもその成分が含まれていないただの水で、ホメオパシーの薬剤(レメディ)はそれを砂糖粒にかけたものだということで、効果は当然プラセボ効果のみ。しかし砂糖粒が薬というのは、確かロシア文学でみかけたことがあったが、あれってホメオパシーだったのね。
 ホメオパシーが登場したのは19世紀前半だが、そのころはまだ通常医療をするなら、何もしないほうがましという(比喩でなく治療されると、益より害が大きかった)時代なので当時ヨーロッパに速やかに広がった。
 それでもレメディは有効成分の記憶をもっているとホメオパスたちは主張しているが、ホメオパシーに関する研究(ずさんな研究を除いた、厳格に行われた臨床試験)からは――当然のことながら――いかなる肯定的結論も得られなかった。しかも、そもそもホメオパシーの提唱者であるハーネマンが、ホメオパシーについて考え付いたとされる、マラリアの治療薬を飲んだらマラリアに似た症状が出たというのも、実験してみたら、その治療薬を飲んだときと偽薬を飲んだときとの違いは全くなかったということで、ある意味根本からプラセボ、ノセボ(プラセボの逆で、治療への副作用という不安から、副作用としてありがちな反応が出ること)効果からはじまった砂上の楼閣だったのね。それが現在でも幅を利かせているどころか、拡大傾向にあるのはあれだけど。
 カイロプラクティック、骨が「コキッ」となるのは、骨がぶつかり合っているわけでも骨が正しい位置に戻ったわけでもなく『関節内を満たしている液体が強く圧迫された生で気泡が生じ、その気泡が開放されてはじけるときの音』というのは、へえ。カイロプラクテッィクには腰痛にわずかに効果が認められるが、それ以外は効果なし。しかしカイロプラクティックX線を頻繁に照射することによる被爆があり、また脱臼や骨折をすることがあるといった問題がある。さらに首(頸椎)へのそうした「治療」のせいで、頚椎損傷が起きたり、頸椎の動脈が破裂して死人がでるという恐ろしいケースがある。それに加え『カイロプラクティックの治療を受けた患者のざっと半数に、痛み、しびれ、凝り、めまい、頭痛などの一時的悪影響が起こる』などいいとこなしじゃないか、それなのになんでこんなものがもてはやされるのだろう。宣伝上手というのももちろんあるのだろうが、鍼を刺したとき視覚的効果でプラセボが増すように、痛みが強いからそれでプラセボが増すというのもあるのかな。
 ハーブ療法(薬草での治療、漢方[の一部?]なども含まれる)、元々の現在の薬理学の源流であるが、そのかなりの部分は現在も代替医療に留まっている。まあ、そう考えてみれば現在でも留まっているものは、効果が検証されていなかったり、実際には偽薬以上の効果がなかったりするものがほとんど。しかしそんな中でセントジョンズワートは実際に軽かったり、中程度の鬱症状に対しては今日の医薬品と同程度の効果があるというのは興味深い!しかしある程度検証されている30程度の薬草について効果があるかどうかを表にしたものが付されているが、どれも面白い例えばエキナセアという薬草は風邪の予防および治療に効果が認められ、一方でチョウセンニンジンはインポテンツ、ガン、糖尿病、万能薬とされているが効果が認められていない(それどころか、「不眠、頭痛、下痢、高血圧、躁病、心血管系の障害や、内分泌系の異常と関連付けられている」)などというのは、チョウセンニンジンは有名だしそれなりに薬効があるものだと思っていたから中々に驚く。まあ、効果があるものにしても、ほとんどエキナセアみたいな特殊な例を除いて(「通常医療の風邪薬はおおむね効果がない」というのも驚きだが)、同等かそれ以上に効く通常医療の薬がある。有効性がもっとも証明されているセントジョンズワートも今日の医療品と同等だしね、ただ、その薬とあわない人でセントジョンズワートが効く人(あるいはその逆)がいるかもしれないから、それはそれで非常に有用ではあるが。ただハーブ薬にも、安全基準を超える有害物質が含まれていることもあるのでそうした危険性もある。そしてハーブ薬に通常医療の薬を添加させて、効果を持たせていることもある。また確実に危険であることが判明しても市場に出回っているものもあるというのは驚くなあ……。天然の代替療法製品だから、安全性や有効性が証明されずとも市場に出回ることからもわかるように、天然だからって有効なわけでも、安全というわけでもない。
 あとアクアデトックスという装置は体から毒を排出させるという電気式のフットバスだが、使っているうちに水が茶色くなり体が浄化されているように見えるが、それは錆で実際調べてみても鉄分は増えたが毒素は見当たらなかったというのはずっこけだ。しかし、そのことを調べた医療ジャーナリストが。バービー人形を入れて実験してみてもやはり水は茶色になったというのは、そうしてバービー人形を入れるセンス大好きだ(笑)。
 概して代替医療はメリットよりも危険の方が高い。あと腰痛治療のための特別な運動が効果はないと証明されていることは少しショックだ。
 しかし現在の大学では代替医療で理学士の学位を与えているところもある(ウエェストミンスター大学という歴史があり、ペニシリンの発見者でノーベル賞受賞者であるフレミングが出た大学では、代替医療の学位を14種もだしている!)ということには強いショックを受けた。
 嘘だと分かったらプラセボ効果が台無しになるということなので、それだからそのような代替医療が次々とでてくるんだとなんだか納得した。
 あと『医師は、治療にはプラセボ効果がつきものであることや、プラセボ効果の大きさはさまざまな要因によって決まることを良く知っている。たとえば、医師の服装や、自信がありそうかどうかなど、ごく普通の振る舞いなどもプラセボ効果の引き金になる。優れた医師はプラセボ効果を最大限に引き出すが、最低の医師はプラセボ効果をほとんど引き出すことができない。神経科医のJ・N・ブラウは次のように述べた。「患者にプラセボ効果を及ぼすことのできない医師は病理学者になるべきだ。」』(P410)というのはなるほどなあ、そうした自信を持った振るまいとかって実際に有効なんだねえ。
 しかし『実際、イギリスでこの本を読んでいる人は誰でも、ホメオパス、自然療法セラピスト、ハーバリスト、アロマセラピスト、鍼治療師(中略)を名乗ることができる。医療の勉強を――通常医療であれ代替医療であれ――したことのない人が、玄関先に看板を打ち付け、地元の新聞に広告を出すことを誰も止められないのである。』(P458)というのは、江戸時代の医療の状況を思い出す。そして、そうした状況は遠い昔の現在では考えられない非常に遠い出来事のように感じていたが、こうした状況を見ると、案外現在でもそんな状況が残っていることには愕然とする。日本では鍼については資格があるのは知っているが、他はどうなんだろうか。
 あと伝統治療法をルーツにする薬として魚油は、関節炎などの炎症を抑えたり心臓病の予防的治療薬になるなどの明らかな効果があるということだ。
 他にも付録において、いくつもの代替医療について数ページずつ割いて、効果について説明しているが、当然のことながらというかなんと言うか、代替医療のほぼすべては効果がないものであるし、効果が認められるものにしても(代替医療の従事者が銘打っているように多種多様な症状に効果がある代替医療は「ない」、しかし症状の中に一部にプラセボ以上の効果があるものもあるという意味、例えば「鍼」はある種の痛みや吐き気にのみ効果が認められ、「カイロプラクティクス」は腰痛にのみ効果が認められる)、通常医療の法が安くつき効果も強く、通常医療で手に負えないものが代替医療で効果が認められるというものは全くない。