戦力外捜査官 姫デカ・海月千波

内容(「BOOK」データベースより)
警視庁捜査一課に着任したドジッ娘メガネ美少女警部・海月千波は、周囲の期待を裏切る捜査能力の低さで、配属から2日で戦力外通告を受ける。お守役の設楽恭介刑事と独自に連続放火事件を追ううち、女子大学院生殺人、さらに7年前の幼女殺害事件に辿り着くが…。凸凹コンビは犯人の壮大な復讐計画を阻止できるのか!?

 似鳥さんの小説(この本)が単行本で出ていたことに最近になるまで気づかなかったが、そのことに気づいてから早々にこの本が文庫化されると知り嬉しかった。しかし1年ちょっとで文庫化するとはやたら早いけどどうしてだろうと思ったら、来月にはこのシリーズの2作目が刊行されるからそのためか。というか似鳥さんのブログをちょっと覗いてみたら、このシリーズドラマ化決定したの!?似鳥さんはほとんど文庫版で出しているという作家さんなので新作が出るたびに読んでいるし、「理由あって冬に出る」を読んでからなので07か08年くらいから好きなので、人気出るのは似鳥さんの小説を読む機会が増えるから嬉しいのだけど、ドラマ化とか映画化みたいなことだとなんだかちょっと寂しさも感じてしまうなあ(笑)。
 個人的にはこの本は事件に対して首を突っ込む理由と事件の重さについてのバランスが(主役が警察ということもあり)とれていたので、似鳥さんの小説の中では伊神さんシリーズの次に好きだな。他の<動物園>シリーズだったりパティシエの秘密推理は事件に首を突っ込む理由に比して事件がダークだったり、重すぎたりとちょっとアンバランスな印象を受けて、ちょっとそこらへんが引っかかることが多かった。そういった違和感を覚えさせないシリーズが伊神さんシリーズ以外にもでて純粋に楽しみに待てるシリーズが一つ増えたのは嬉しいわ。
 『手でろくろを回すような仕草をしているが』(P23)こういう細かいネタ的な要素が自然に文中に入っているとニヤリとしちゃうな。
 表紙にいるヒロインで名探偵役の海月さんはお嬢様キャラだったのか、イラストからはなんとなく元気がよすぎるドジっ娘的なキャラを想像していたよ。しかし彼女の譬えはさっぱり分からないわ(笑)、譬えを使わないほうがめちゃくちゃ分かりやすいというのは譬えの意味を果してないなあ。
 しかしミステリーでも警察が主役の小説はあまり読まないから、かなり上の人(刑事部長)が急に来たときに敬礼しているのを見ると、普通の会社とはかなり違う異空間なところなんだなあ、とそういう描写は他のところで幾らでも見ているはずなのになんかそんな風にしみじみとかんじてしまった。
 メインの筋と冒頭とちょくちょく挿入される脇の筋の2つの話があるから、途中までどういう関係があるのだろう、時系列がずれているわけでもなさそうだし、と思っていたが、そういう風に絡めてきたか。2つの事件の繋がりは薄いけど、おかげで最後が派手で面白くなったのでよかった。
 冤罪についてとかで警察の嫌な部分も書かれているのはリアリティがあっていいな。海月たちはその犯人が本物かについて疑念を抱いているから、捜査を止めることについて反発しているけど、疑わしいものを逮捕したんだだから終わりだ、という姿勢は「冤罪と裁判」を読んで以来非常に現実味のあるものに写ってしまい、単に小説だからと脇に置いて冷静になることができなくなり、ちょっといらだたしさを抑えることができないようになったなあ。だけど、そういった疑わしいと思っていても逮捕と報道されたのだからと組織の沽券に固執する人の方が、頭脳明晰で事実であるかを最重要視する海月よりもリアリティがあると感じられるというのは悲しいことだね。しかし、まさかこのような描写が真相につながるとは思っていなかった。
 連続放火事件を追っていたら、海月が少しその事件を見て不自然に感じた部分があり、その場所を調べていた。そこでまさかサイローム(昔の農薬、現在禁止)という青酸ガスをだす毒ガス兵器としても使えるようなものが出るとは思わず、これが登場することによって物語の緊迫感が一気に増し、また犯罪の規模が大きくなったので、より面白くなった。しかし何が出るかも分からずシャベルで掘っていたが、もしその錆びた缶に突き立ててしまい毒が漏れでていたら、語り手が死ぬかもしれなかったと考えるとゾッとする。
 語り手の設楽が腕を怪我して、海月も荒事では役に立たないからといって、麻生さん(女性)と一緒にくるべきだったと考えているが、荒事が出来る人でまず思い浮かぶのが麻生さんなことには思わずクスリと笑ってしまうよ。
 最後に犯人が犯行を行う場所が突き止められても、時間的にも切迫しているし、どうやって毒ガスを撒くかがわからないから、上手く犯人を瀬戸際で食い止められるかという緊張感が最後まであって面白かった。しかし犯人が最初に推測した人から、最後の最後でどんどん変わっていくとは予想外。
 しかし最後に越前刑事部長が言った計画、こうした冤罪をなくすための大規模な取り組みが内部から進行しているのが現実でもあれば嬉しいんだけどな、まあ、そんなことは空想でしかないが。それにその無実の人を犯人と決め付けて、真犯人を野放しにする結果にならないように捜査段階で別の視点で調べる少人数の遊撃的な人員を入れるという構想よりも先に取り調べの完全可視化をしてほしいなんて思ってしまうが。
 しかし最後に腹を打たれて重症な越前刑事部長が犯人に手錠を書けるシーンは、「僕にも見せ場を」なんて軽い感じに言っているけど、自分の手で逮捕することで計画の責任をより一層深く背負おうとしているようで格好いいなあ。まあ、刑事部長にはそうした精神的なことだけでなく、自分で血にまみれた手錠を犯人につけることで、自分が現場魂を持った人間だとアピールして、構想について現場の人間の反発を弱めるという実質的な効果も狙っていたようだけど。まあ、こうした計算高さは、文字通り身体を張って意地でもその構想を実現しようという強い意欲が感じられるから、幻滅するどころかより素敵だと思った。
 ドラマ化されると知って改めて最後の展開を読むと、こうした最後まで緊張感が保って劇的な展開なのでドラマ向きだと感じられる。