文明崩壊 上

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

内容紹介
盛者必衰の理は歴史が多くの事例によって証明するところである。だがなぜ隆盛を極めた社会が、そのまま存続できずに崩壊し滅亡していくのか?北米のアナサジ、中米のマヤ、東ポリネシアイースター島、ピトケアン島、グリーンランドノルウェー人入植地など、本書は多様な文明崩壊の実例を検証し、そこに共通するパターンを導き出していく。前著『銃・病原菌・鉄』では、各大陸における文明発展を分析して環境的因子が多様性を生み出したことを導き出したが、本書では文明繁栄による環境負荷が崩壊の契機を生み出すという問題をクローズアップしている。ピュリッツァー賞受賞者による待望の書。遂に文庫化。


 プロローグだけで40ページちょっとあるので、それを読むのに退屈でちょっと時間食ってしまうが、そこを超えれば読みやすくなった。
 主に環境による文明の崩壊(自壊)をこの本では扱っている。過去から現代の社会における文明崩壊の8要因『森林乱伐と植生破壊、土壌問題(侵食、塩性化、地力の劣化など)、水資源管理問題、鳥獣の乱獲、魚介類の乱獲、外来種による在来種の駆逐・圧迫、人口増大、ひとり当たり環境侵害量の増加。』(P23)現代になって新たに加わった文明崩壊の4要因『人為的に生み出された気候変動、環境に蓄積された有害化学物質、エネルギー不足、地球の光合成能力の限界。』(P24)。ただ、当然のことながら、文明崩壊には環境被害というただ1つの要因だけで起こるものではなく、気候変動、近隣の敵対集団、友好的な取引相手、そして環境問題への社会の対応の5つの要因のいくつかが複合的に組み合わさって起こっている。
 そして、「環境を敬わず壊してしまうのは現代の邪悪な先進国の住人だけだ」というのは誤りで、そう結論付ける理由となる差別主義あるいは過去賛美主義はどちらも「先住民を(劣っているにしろ優れているにしろ)現代先進国の住人と根本的に異なる人間と見る過ちを犯している。」というのは目から鱗だった!
 文明崩壊した社会も、無知無能では決してなく、創造性に富み先進的で、一時は繁栄を謳歌していた場合が多い。そうした意味で、現代の「わたしたちと同じような人々、わたしたちが直面しているのとおおむね似通った問題と相対してきた人々なのだ。」
 最初の章のモンタナの鉱山の話、これを読んでいると鉱山を開発するということは、浄化の費用も考えるとあまり割に合わないことなんだなということを実感する。それでも、そうした新たに採掘される資源がないと世界経済が立ち行かない、というジレンマがあるのだけど。そして、現代でも自身の利害に直接結びつかないものにはお金を出し渋るなどで、環境を守るための予算が少なく、例えば鉱山の有毒廃棄物の処理費用の出し渋りだったり、森林火災で生命や民家を守るためだけでなく、民家より更に大きな価値のある公有森林地を守るために充分な費用をかけることが出来なかったりなどの実例を見ると、過去の文明崩壊した社会が(現代に比べて)愚かだとは決して言うことができなくなると、改めて思った。
 塩性化がメソポタミア文明が衰退する一因となり、肥沃な三日月地帯がなぜ皮肉となるかの理由のほとんどが塩性化にもとめられる。と書かれてあるのを見て、塩性化は特別に現代になって起こった問題でもないけど、非常に重大に問題だということが理解できた。
 イースター島の話で出てきた畑を岩で覆うと生産高が相当増加するというのはすごく意外!『岩石で土を覆うと、太陽と風による水分の蒸発が減り、硬化した地表に取って代わって雨水の地表流出を抑えてくれるので、土壌の湿度が保たれる。岩石は日中に太陽熱を吸収して夜間に放熱するので、土中の一日の温度変化が抑制される。雨滴の羽による侵食から土を守る。明色の地表に暗色の岩を置けば、太陽熱の吸収率が上がって土壌が温まる。また、土に必要なミネラルが岩石から徐々に浸出して地中に流れ込むことにより、(人間が朝食時にビタミン剤を服用するように)養分をゆっくりと与える錠剤のような効果も期待できる。古代アナサジ族(第4章)が石の根覆いを利用していた理由を解明するため、アメリカ南西部で近代農業に則った実験が行われた結果、この根覆いが多大な恩恵をもたらすことが判明した。根覆いをしたところ、土壌の含水率が二倍になり、日中は土壌の最高温度が下がって夜間は最低温度が上がり、さらに栽培した十六種の植物すべてについて、生産高が増加した。前十六種の生産高を平均すると四倍、最も効果の高かった種では五十倍。桁外れの恩恵だ。』(P186-7)
 あと、本題とは関係ないことだけど、モアイには儀式の際など限られた場合にのみ嵌め込まれたようだが、赤い岩滓の瞳が付いた白い珊瑚製の目があったとは知らなかったわ。
 イースター島、西洋と初めて接触したときには最大のものでも2メートル強の木しかなかく、かつてイースター島には最大30メートルになる木や最大15メートルに生長する木があり、その大きな木で石像を牽引していた。また、その木をカヌーにも利用していた。また、かつてイースター島は「おそらくは太平洋全体でもっとも豊かな鳥類の繁殖地だったことがわかる」というのはたいそう意外。しかし、それらの環境資源はイースター島の貧弱な再生能力以上に多くのものを採集されたために、森林も鳥も良質なものが多く島から消えていってしまった。
 マヤ文字の書籍は宣教師たちが異教信仰粉砕の名分から、ほとんど全てを燃やしてしまい現存するものが4点しかないというのは悲惨だ。しかし、マヤ文字って石とかに刻まれた文字ばかりというイメージも強かったから、マヤ文字で書かれた書籍があったというのはちょっと意外感があった。ちなみにマヤ人は、樹皮に漆喰を塗った紙で書物をつくっていたようだ。あと、メソアメリカには金属器がなかったので、マヤ文明の建造物は全て石器と木器と人力だけで建てられたというのはちょっと凄いな。
 著者がグリーンランドノルウェー人入植地のもっとも南に盛夏の頃に行ったときでも『Tシャツと長袖シャツとスウェットシャツの上に常にウィンドブレーカーを着用しなければならず、そのうえ、初めて北極に行ったときに購入した厚手のダウンジャケットを追加することもたびたびあった。気温は大きな触れ幅でいきなり変わり、それが一時間のうちに何度も繰り返すように感じられる。』(P430)というのだから、生活するのが大変な土地だということがよくわかるよ。しかし、グリーンランドに移住したノルウェー人たちは、グリーンランドは魚類が豊富で、本土でも魚類を食べる風習がちゃんとあるのに、魚類を食べることへの禁忌があったとは不思議。辺境で、イヌイットと隣り合って暮らしている土地だからこそ、「"われわれはヨーロッパ人で、キリスト教徒だ。けっしてわれわれイヌイットとを混同してはならない”」というような意識が強まり。そうした意識に拘束されたこともあって、牧畜など大地に根ざした仕事で持って食べていくことに過度に拘ったというのもあるかも。入植から数世代が立ち、元々環境が回復する力が弱い土地で木材が不足したことで鉄製さんが覚つかなくなり、鉄が希少なものになり(遺跡から鉄がほとんど出土しないほど!)、生産の効率の低下しイヌイットとの戦闘で優勢が保てなくなったとは、ヴァイキングの子孫だと考えると悲惨だな。そんな環境侵害や競争相手の存在、そして寒冷期に入ったことで約450年にわたるノルウェーグリーンランドは崩壊した。
 しかし、現代アイスランドでの牧畜もいろいろな策を講じながらも土壌浸食が問題となり、短期的にも1世帯あたり年1万4000ドルを支払わなければならないって、そんなの何で続けているのだろうか、と思うのだが、やはり牧畜というのはアイスランド住民にとってアイデンティティに関わることなのかね?
 ドーセット、「石鹸石に関する技術」を持っていたとあるが、石鹸石ってなんじゃ?