厳重に監視された列車

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

厳重に監視された列車 (フラバル・コレクション)

内容(「BOOK」データベースより)
1945年、ナチス支配下チェコスロヴァキア。若き鉄道員ミロシュは、ある失敗を苦にして自殺を図り、未遂に終わって命をとりとめた後もなお、そのことに悩み続けている…滑稽さと猥褻さ、深刻さと軽妙さが一体となった独特の文体で愛と死の相克を描くフラバルの佳品。イジー・メンツェル監督による同名映画の原作小説。


 フラバルの小説は「あまりにも騒がしい孤独」の文章がとても美しく、シーンも印象的で好きなので、この本を読了。この本も印象的なシーンもあるけど、流石に「あまりにも騒がしい孤独」と比べるとずっと小粒な小品という感じ。あと解説で映画にもなったとあるが、最初のほうの駅長と語り手のミロシュ・フルマとの会話を読んでいても、フビチカが以前の職場での駅長の寝椅子で性行為に及んだときの失敗エピソードで自分がやってみせたシーンだったり、あるいは駅長がイライラしたときに通風孔に怒鳴り込んで発散したりするのは非常に映像的だと感じていたので、納得。
 冒頭の父ががらくたを路上や屑捨場から拾い、また要らないものを他人から貰って集め、人が他では手に入らなかった必要なものを我が家にやってきてそれを父があらためていえや庭にあるガラクタの山から引っ張り出して、それが実際に役に立っていたというのはそんなガラクタを文字通り山ほど集めてきて少し考えただけである場所がわかるなんて、父のその記憶力はすごいな(笑)。そして曾祖父はオーストラリア・ハンガリー帝国時代に戦争で負傷して、18歳から年金を貰っていたから、その金で酒とタバコを買ってそれを飲み、吸いしながら、働いている労働者を冷やかしに行って殴られていた。そして祖父は105歳の時に催眠術師としてドイツ軍の戦車隊を1人で食い止めようとして、力及ばず、戦車に轢き殺され、頭だけキャタピラに挟み込まれてそのまま進んでいってしまい、後に父がその頭を探しに行ったときキャタピラにまだ頭が挟まれたままであったというような曾祖父、祖父、父のエピソードなどは非常にマジックリアリズム的なものなので、全編そんな感じなのかなと思ったが、そこ以外はあまりそうした雰囲気はないな。
 しかしドイツの軍人に銃を押し付けられても、「この二人はそんなことができっこない、二人ともこんなにもかっこいいんだから」と思っていることからもわかるように、語り手は根っからの夢想家だな。他にも早漏で、性交ができなかったことで自殺を試みたり、あるいはラストのように彼自身に死をもたらした計画を実行するにしても、夢想的でその計画を実行することでのいろいろな重さや危険をほとんど意識していないようだしね。まあ、そうした現実感のないふわふわとした感じの人が語り手の小説はわりと好きだけどね(笑)。
 フビチカとズデニチカが行為に及んだとき、フビチカが彼女の尻に公印を押しまくったことが問題になって、詰問しに来た上の人間も来たが、どうしても事情が事情だけに俗的な好奇心や羨望がその人たちの中にもあるのを、語り手でも見透かしているのはちょっと愉快だ。またズデニチカは、そうした問題が公になったことで映画にでれるかもしれないと喜んでいることも面白い。
 男としての自信を取り戻すために駅長の奥さんに手伝ってもらおうとしたが断られ、その後計画のメッセンジャー役としてきたヴィクトリアに童貞を卒業させてもらったが、その申し出をするのに緊張も何もしていないのはなんだろうな。しかしヴィクトリアとそういうことをしたのは、一夜の交わりで経験豊富な美人に導かれるというシチュエーションは好きなので、いいね。
 ラストの自分の撃った弾も相手に当たったが、相手の列車に乗って外を警戒していたドイツの軍人の銃撃によって倒れ、その怪我から生き残っても、怪我があるから言い逃れできずに死ぬだろうというラストは少し悲しいな。しかしミロシュは信号機の上から撃たれて落下したが、外套が引っかかり、外套がゆっくりと裂けていって、完全に裂けて落下するまでの間の時間が静止しているような感じのシーンは印象的だ。そして、落ちて尖った石の角が手のひらをえぐったという描写から、ドイツ兵が行進するように足をばたつかせて「母ちゃん、母ちゃん」とわめていているのを眺め、そのドイツ兵がフビチカさんに似ていることに驚いたが、ミロシュはいくつもの意味で終わったという達成感やら脱力感を抱いていたが、そのドイツ兵の動きがうるさいからと、両足を紐で結んだが、両足の動きが烈しいためその日もが千切られ、いつまでたっても静かにならないから結局止めを刺したという描写は、大真面目なんだけど気だるい感じで非常にずれているこの感じはなんかいいな。今は静かな状況にありたい、ないし逝きたいという気持ちは分からんでもないが、止めを刺したことに感情をほとんど動かしていないのはなんじゃろな。