最後の将軍

新装版 最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)

新装版 最後の将軍 徳川慶喜 (文春文庫)


内容(「BOOK」データベースより)
その英傑ぶりを謳われながらも幕府を終焉させねばならなかった十五代将軍の数奇な生涯を描く。

 「翔ぶが如く」を読み終わったばかりだったので、再び司馬さんの長い小説を読む前に、まず1冊で終わる本を読もうと思ってこの本を読了。さて、次に読む司馬さんの歴史長編は何にしようかな。
 わざわざ有栖川宮家から妻を娶っておいて、斉昭が子供たちに武家的な性格容貌を期待して、公家的なよわよわしさが出ると失望するというのは少しアンビバレントな感じだな。それにそもそも幕末の武家特に大名というのは、もう武家的とは異なっているのではないかとも思うしね。まあ、両方の願いとも非常に観念的なところから来ているというのだけはわかるよ。
 斉昭は例外として国許で子供を育てる許可を得ていたので慶喜は子供の頃水戸藩で育ったのか。
 当時、書は体を表すと当時は一般に信じられていたため、雄渾な書を書く慶喜は期待された。他のエピソードでもそうだが、彼本人の実際の実力による評価ではなく、気質やそうした期待で過度に持ち上げられていたのね。
 一橋の家に入ったのも本人への評価というより老中である阿部が斉昭を大人しくさせるための策としてのようだしね。まあ、養子ってのはそんなもんだといわれればそうかもしれないが。
 また、水戸家は初代である家康の十一男頼房以来200年以上、将軍家と血縁がないってそんなに遠縁になっていたということに吃驚!しかし当時の将軍である家慶の妻が斉昭の妻と姉妹だから、妻の甥という縁があったというのもあって、家慶は慶喜に好意的だったというのは、なるほど、そちら側の縁があったのか。しかも将軍家慶は慶喜がいずれ将軍になることをほのめかしていたようだから、相当な気に入りようだ。
 将軍に気に入られ、藤田東湖にも非凡と見込まれなど、相当な人間が期待を持って彼を眺めていたこともあり、実像以上に巨大化してしまった。
 慶喜、網打ちや給仕の仕方など細々とした物事に関心を持ち、見よう見まねで多くのことを上手くこなす、多芸多才ぶりはすごいし、でもそれらは統治者の資質とは全く関係ないからなあ。しかし教授され学ぶことは熱心でない、それにも関わらず秀才並みのことができたというのもすごいわ、羨ましい。
 渋沢栄一、はじめは相当な攘夷論者だったというのは知らなかった。明治になって、実業家として活躍するから、そのイメージとは随分違うので意外だ。そして慶喜に一目あって、身命を投げ打ちたいなんて思ったことも。
 大きくなった虚像のため、彼に期待を持っていた攘夷論者は、実際に慶喜が政治的に重要な位置にたったのち慶喜が自ら動いた政策についても、そういう政策をとってたのは奸臣に騙されているためだとされて、側近が何度も斬られるとは、彼の政道は血にまみれているなあ、世情の彼への期待のために殺された側近たちは可哀想だ。
 しかしよく考えたら愚行に執着してそれを続けることも愚かだが、慶喜のようにあまりにも物事への執着がなさ過ぎて、あっさりと方針を変えるというのもまた考えものだなあ。そのおかげで、現代でも散々言われているしね(笑)。また他者の風評を気にせず実行でき、あるいは自らの行為をやめことができるのも美点といえるのだが、程度問題なのか、腰をすえた行動を激動の時代ということもあり、結局ほとんどなしていなかったからなのか欠点となってしまっている。しかしこれほど下の人間の忠誠や期待に無責任だった人間もいまい。