水魑の如き沈むもの

内容(「BOOK」データベースより)
奈良の山奥、波美地方の“水魑様”を祀る四つの村で、数年ぶりに風変わりな雨乞いの儀式が行われる。儀式の日、この地を訪れていた刀城言耶の眼前で起こる不可能犯罪。今、神男連続殺人の幕が切って落とされた。ホラーとミステリの見事な融合。シリーズ集大成と言える第10回本格ミステリ大賞に輝く第五長編。

 冒頭から刀城の先輩の阿武隈川が出てくるが、直ぐに拗ねたり、機嫌を直したりとこの人随分と子供っぽい(笑)。同行する流れになっていたから、一々茶々を入れてきて、わりと面倒くさいこの人が付いてきたら刀城のキャラの良さがでないんじゃないか、と心配したので、結局同行しないのは良かった(笑)。こうしたあくの強いキャラはわずかな出番登場するならいいキャラといえるんだが、出ずっぱりというのはなかなか辛いものがあるねえ。そうした意味で阿武隈川がこれなくなったと知って口では残念がっているが、ご機嫌な祖父江偲の気持ちはよくわかる(笑)。
 今回は割りと序盤から刀城が登場するし、出番が多いのがいいね。ただ3・4章の75ページ弱、そして6章から8章までの140ページほどにわたり、正一パートが続いたのでそこら辺で読むペースはだいぶ下がってしまった。しかしそこを抜けると、ほとんど刀城のパートなのですいすいと読み進めることが出来た。
 宮木家の姉弟の母の出身地は神々櫛か、なんか見覚えのある名前だからたぶんシリーズの以前の作に登場した地名だと思うんだけど、ちょっとどの巻だか忘れてしまったなあ(苦笑)。巻末の解説を見たら、神々櫛って1作目の「厭魅の如き憑くもの」の舞台か、しかしそれなら「神々櫛村いう地をご存知か」と問われたとき、刀城が「待って下さい。聞いたことがあるような……」という反応をとっているのは、あまりにも多くの事件に遭遇しているから、その事件のことを忘れてしまったのか、作中の時系列的には、こちらの方が早いのかどっちだろ?それとも過去を振り返らない案外薄情な性質なのか(笑)。
 遊魔、『俺も最初は坂本竜馬の『竜』の字を変えて、『龍馬』と命名されるはずやってんけど、祖父さんが今の漢字にしたらしいけ』(P181)というのは、うーん、記憶違いでなかったら、坂本龍馬は元から龍で、竜馬は司馬遼太郎さんが創作だと示すために変えたのではなかったっけ、なので彼の生まれた時代を考えれば、なぜ竜馬だと祖父は勘違いしたのだろうか?もしかした司馬遼太郎以前から、創作と表すために竜馬とあらわすのが慣例だったみたいな、なにか勘違いした理由があるのかな。
 結界めいたものが張られている竹薮、『それを祓う力は言耶にはない。結界の種類や手法でも分かれば、まだ対処の仕方は考えられるが、早々おいそれと突き止められるものでもない。』(P326)というのは急にホラー、というよりかファンタジーめいてきたな(笑)。
 儀式を見るために山を登らないといけないのだが、疲れてこれ以上山を登れない祖父江を置いていくことに全く躊躇しない刀城さんに笑った、彼が儀式にどれほど興味津々なのがよくわかる。
 十三章の小夜子が蔵に監禁されていると半ば以上の確信を持って、遊魔と正一が助けに行こうと、強行突破を試みるシーンは面白かった。
 しかし遊魔に正一の体験談を聞いて「実に驚くべき体験談だった」と地の文があるが、昔のミステリーというか、ホームズ的な表現で思わずニヤリとさせられる。作者がこうした表現使いたかったんだろうなあってのも込みで(笑)。
 龍璽の性格と言動が一片の好感も持てない上に、龍吉朗宮司死亡後の行動もあり、それ以後読んでいても、他のキャラが彼に見せる憤慨の声に引っ張られることもあり、彼が口を開くたびにイライラしてしまうし、はやく犯人がこいつを標的にしてくれないかなと願ってしまう。
 『恐らく刀城牙城なら――/言耶が記したノートの全項目を一瞥しただけで、たちどころに真相を見抜くだろう。』(P627)おお、彼の父ってそんなにスゴい人なのか。有名ってだけで探偵能力的には、言耶も名探偵(?)だしそれほど差はないだろうと思っていたが、案外差があるのか。そして解説に、このシリーズでいずれ名探偵父子の対決が描かれる予定だと書かれているので、それは大変楽しみだ、父君がどういったキャラなのかも含めて(笑)。
 しかしそうじゃないとリアルにならないし、他の先行ミステリ作品とかぶってしまうだろうから、仕方ないこととはいえ列挙される疑問がすごく多いなあ。
 しかし終章、エピローグでその後のことが書いてあり、彼/彼女らがわりとハッピーエンドで終わったとわかりホッとした。
 あと解説で『ここまでのシリーズでは、クライマックスで言耶の推理とその否定が何度も繰り替えされ、その家庭が無類に面白いのではあるが、読み終えてしばらくすると「結局犯人がだれだったか思い出せない」のは、私だけではあるまい』(P741)と書いてあるのは、そういうのが自分だけではない、どころか作家さんでもそうしたことになることがわかり、なんだかすごく安心した(笑)。