幽霊を捕まえようとした科学者たち

幽霊を捕まえようとした科学者たち (文春文庫)

幽霊を捕まえようとした科学者たち (文春文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

19世紀半ば、欧米で心霊現象への関心が高まり降霊会がブームになった。多くの科学者が否定するなか、ケンブリッジ大を中心とするノーベル賞学者2人を含む研究会が、本気で幽霊の存在を証明しようとした。時に協力し合い時に見解の相違を見つつ、様々な心霊現象の解明に挑んだ彼らが行きついた「死後の世界」とは。


 本編が終わった後に登場人物小事典というものがあり、主要な人物について写真つきで紹介されている。多少ネタバレありだが、そのおかげで途中でわからなくなってもわかりやすくて嬉しい。しかし長い原注がその後ろに付されているため、巻末というほどの位置にもないから、その登場人物に書かれたページがあるということに読んでいる途中になってようやく気づいた。
 しかし最初のうちは次々登場人物が出てくる上に、1人の主人公がいるわけでもないから、誰が誰なのかさっぱりと把握できなかった。特に短くブツ切れで読んでいたのでなおさら。そういうわけで少なくとも最初のほうはいくらか纏めて読んだほうがいいようだな。
 冒頭の「前奏曲」で書かれたケースが何処か本編でつながってくるのかと思ったら、結局最後まで全く繋がってこなくて笑った。しかし後のノーベル賞受賞者もいるような高名な科学者(その分野で当代屈指の人)たちが集団となって、大真面目に心霊研究をやっていた(それも数十年にわたって!)というのは、いくら当時が心霊ブームだったらしいといっても、ちょっと驚くわ。しかしマスコミや同じ科学者たちは、心霊をはなから切り捨てて、彼らは真面目に心霊現象について科学的なアプローチをとっているSPR(心霊研究協会)、ASPR(アメリカ心霊研究協会)についても馬鹿げたことだと考えているようだから、そういうところは現代と変わりないのね、と少しホッとする。だけどSPRもASPRもペテンを見抜く術は習熟していて、それでも上手く説明ができないことがあるのに、そういったわずかばかりの霊媒たちに対しても「普通の」科学者たちが他のインチキ霊媒たちと同じように扱っているのは、しょうがないことにしても、SPRそしてASPRについての物語としてこの本を読んでいるので彼らに感情移入しているから、彼らの不躾な態度に思わずむかっ腹が立ってしまうな。
 「前奏曲」のエピソードでもフォックス姉妹のエピソードでもそうだけど、死体のありかをピタリと当てて、その死体が発見されるというのはかなり不思議だ。特にフォックス姉妹のなんか、ずっと昔に死んで地下に埋められていた死体で彼女らが言わなければ死体があるなんて誰も思わなかったのにピタリと当ててしまうのだもの。もちろん前者の視野がほとんどない湖中の死体をピンポイントで当てるのも相当不思議だが。そういうのを実際に見れば何か不思議な力があるかもと考えてしまうだろうなあ。こうやって文字だけで読んでも、普通に不思議だ不思議だと思ってしまうくらいだからね(笑)。
 この本での何人かの真偽不明の霊媒たちが、巻末の登場人物小事典にも紹介されているが、それらの信頼性にも、個性にもかなり差異がある。D・D・ヒュームは完璧でパフォーマンス的すぎるから、極めて天才的で如才ないマジシャンにも見えるし、エウサピアもいくつかペテンを使っているから、トリックを見抜くプロが見てもいくつか説明できないことがあっても上手い詐術を1つ、2つ独創しただけに見える。その一方でパイパー夫人のように意識的に騙している可能性は0で、むしろ自分の能力がどういう状態なのか本当に知りたがっている人も。
 まあ、D・D・ヒュームは彼に偽者の霊媒だったとしても、それを誰にも悟らせず、自信にあふれ軽やかに不可解な現象を起こして見せるそのさまは非常に魅力的なキャラクターだ。霊媒家業を辞めたとたんに同業者のトリックの種を暴いた本を出版するなどしているところも含めてね(笑)。
 そうした進化論のインパクトが神秘的な(宗教的な)世界観を減衰させるのに大きな役割を果たしたのに、進化論の生みの親の一人であるウォレスはダーウィンにさんざん止められ警告されていたにもかかわらず、心霊主義に傾倒したというのは面白いな。
 高名な科学者たちが多く所属しているSPRは心霊、超常現象について真剣に研究対象として捉えて、単純不可解な現象を見たときに信じるのではなくしっかりと本物かを調べようとしており、単に心霊好きで突飛な考えを持つ科学者たちということではない。
 ASPRの創立時に選出された初代会長のニューカムは、真面目に検証して批判する態度もないという、他の一般的な科学者と代わらない男だった。協会の本来の目的と合わない人間がトップに立つという波乱の幕開けだ。
 ホジソンなどは執拗に真理に迫り、公明な霊媒のペテンを明らかにしたように、SPRやASPRが霊媒たちのペテンを新たに明らかにすることもしばしばあったように、ピュアで信じやすい科学者というわけではない。特にエレナー・シジウィックやホジソンは懐疑的かつ誠実という、この協会が目指している科学的な態度での心霊研究をやっている体現者だな。
 当時のペテンの種。例えば封印した手紙を読むのにはアルコールを含ませた海綿を隠しておいてそれでこっそり紙を濡らして透けるようにしておけば、アルコールが蒸発するまでに中身を読むことが出来る。また、ときに降霊会を彩る不気味な光については、2オンス入りの咳止めシロップの空き瓶に4分の1ほどの水を入れ、家庭用マッチの頭を100本ほど切り取ってその中に入れ、瓶にコルク栓をする。マッチの頭からリンが溶け出したら茶色くなった液体に浮いている待った智謀を取り除いて再び詮をする。そうすると暗い部屋でコルクをはずし空気が瓶に入れば、綺麗な黄色い発光体になる。更に暑い石炭をつかめるようにするには、樟脳半オンスとウィスキーなどの強い酒2オンス、更に水銀1オンス、没薬の気の天然溶液一オンスを混ぜて、それを手に塗って乾かせばしばらくの間炎に指を入れてもなんともならない。こうした当時のペテンの手管が幾つか書かれているのはとっても興味深いし面白い。
 ホジソンは奇術師ディヴァーと組んで降霊会を催し、当時の有名なトリックを実行して見せて、その種を暴露した。そのことに怒った心霊主義者は、ディヴァーは奇術師ではなく裏切り者の霊媒だと言い、さらにウォレスまでも自分で種を暴露したディヴァーを自分の業を全てトリックのせいにして世間と協会を欺いている本物の霊媒だといっているのは笑える。
 パイパー夫人は探偵を使っている様子も全くない(ホジソンは秘かに探偵を雇い、パイパー夫妻を一月尾行したが、怪しいことは見つからなかった)のに、ピタリと真実をあてることも多い。もちろん百発百中とはいいがたく、全く見当違いのこともあるけど。しかしそれでも単なる山勘にしては(選択肢が幾つかしかないのとは違い、無限に可能性がある中でこたえるのだから、山勘という言葉は似つかわしくないが)正解が極めて多いという稀有なる例。ホジソンのように容易には心霊現象について信じず、多くの霊媒を名乗るペテン師たちのトリックを見抜く鋭い目を持っている。そんな彼が何年もかけてパイパー夫妻を調査しても結局彼女の能力にペテンを見つからなかった。彼女は霊媒であるのかについては知らないが、いまのところ科学では証明がつきそうにない何かを持っているなあ。
 SPRも協会としては一度いかさまが明らかになった霊能力者の主張は疑わしいものとして(それ以前の信用できるといかさまがあきらかになったあとでも感じるような実験結果でも)、その実験結果は全て証拠リストから削除していたというのは、あまり霊媒と認める基準は厳しくないと思っていたが、ここは厳しく取るのね。まあ霊媒を調べる基準があまりに高かったら、いくらいかさま師が多いとしても本物を取りこぼす恐れがあるし、そっちのある程度の緩さは仕方ないかな。ペテン師だったら見抜けばいいという算段もあるだろうし、たとえばホジソンのようなそれを見抜く達人もいるわけだし。
 ガーニーは登場人物小事典に「幽霊屋敷の調査に向かい、謎の死を遂げる」と書いてあったから本物の心霊現象みたいなものがあったのかとわくわくしていたが、薬の過剰摂取による死亡だったというのは、不謹慎だけど少し残念に感じてしまう。
 パイパー夫人。調査をしていないのに誰も知らないようなエピソードや事実を知っていたりするが、一方で死者が持っていた専門知識については伝わっていないということだから、本当に霊界と交信しているかは大いに疑問だが、しかし単なる察しのよさで済ませられないものも多々あるから、どういう能力を持っているのかよくわからなくて困惑してしまうよ。
 ホジソンは客観的な立場を保つためとはいえ、何年もパイパー夫人が自分を実験対象、目的のための自動人形のように感じてしまうな扱いを受けていたから、一度その実験をいい加減止めようとしたがSPR、ASPRの人たちが慌てて説得した。その説得が効をそうし、そして新聞のインタビューでその実験を止めるように話したことがあたかもいんちき霊媒であることを告白したかのように捏造していたことに発奮して再び長年続いた実験を続けることを決める。しかしトランス状態ではどんな痛みにも反応しないからといって、SPRもかつて試していたが、霊媒の尻尾を掴もうとしている高慢極まりない科学者ホールは実験後何日も後遺症が残るようなことをするとは酷い。しかもそれで調査した結論が、おそらく実験前から考えていたことをそのまま書いたようなもので、実験データについては公表せず、ASPRの人たちが実験データの改竄を疑っているのになおも公表しないのにはイライラ。こういう人物がいるから、霊媒にかえって信奉者が増えるんだと思うな。だが愚かなホールの意識の上では、きっと自分の書いたことによって人が神秘的な虚構の世界から目をさませられると思っているのだろうと思うと失笑物だ。
 エウサピアはいかさまをしていることが良く知られているにもかかわらず、いくつかトリックでは説明つかないことがあるから、トリックを見抜く奇術師なども、いかさまはするけど、本物でもあるのだと思わせてしまうというのはすごいな。
 哲学者・詩人でケンブリッジ大学トリニティカレッジの講師だったフレデリック・マイヤーズが「テレパシー」と命名し(wikiを見たら「超常」という用語も彼が作ったようだ。しかし彼のwikiはオカルト肯定している人が作ったのか、オカルト的なものがあるように書かれている)、血清療法の生みの親で、アナフィラキシーショックの発見でノーベル生理学・医学賞を受賞したシャルル・リシュが「エクトプラズマ」を命名したというのは驚き。