人間はどこまで耐えられるのか

人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫)

人間はどこまで耐えられるのか (河出文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

生きるか死ぬかの極限状況で、肉体的な「人間の限界」を著者自身も体を張って果敢に調べ抜いた驚異の生理学。人間はどのくらい高く登れるのか、どのくらい深く潜れるのか、暑さと寒さ、速さの限界は?果ては宇宙まで、生命の生存限界まで、徹底的に極限世界を科学したベストセラー。


 各章ごとのはじめにその小で扱う事象に関連した自分の体験の小エッセイみたいな感じの文章を枕にしているのはいいね。
 海女とか温泉とか日本についてのこともちょくちょく取り上げられているのはなんだか嬉しい。それに知識だけでなく来日したこともあり、そのときに温泉なども体験しているようだから、変な過ちはあまりないし。ただ、ひとつだけ『今日では東京の街角で缶入りの酸素が売られ、都心の有毒な光化学スモッグに苦しむ通勤者に活力を与えている』(P356)という頓珍漢な記述があったが。高度経済成長期かい、思わずこの本が出版された年を確認してしまったよ(原書は2000年発売)。
 高地では酸素を多く取り込むために赤血球が増えるが、同時に赤血球が増えることで血液の粘性が増し血液の循環が悪くなる。そのため『最近では、赤血球が増えることの効果はあまりないと考えられている。アスリートにもぜひ教えてあげるべきだろう。』(P60)高地トレーニングって良く聞くけど効果ないのか。まあ、これは原書が出たのが13年前だから新たに効果があるとわかっているのかも知れないが。
 寒い中息を吐くと白い息が出るのは水蒸気で、高いところに上ると肺胞内に水蒸気が増えて酸素が取り込みづらくなるため、純粋酸素を吸っても人間が上れる高度には限界がある。純粋酸素を呼吸しても、人間が生存できる限界は高度1万4000メートルとされ、更に高度1万8900メートルでは体液が体温で気化し始める。
 高度1万1500メートルなど高い高度を移動する戦闘機のパイロットには純粋酸素を供給しなければならないが、純粋酸素を呼吸するとき普段は吸うのは能動的、吐くのは受動的だが、純粋酸素のような圧縮された空気では自動的に肺が満たされるため、能動的に息をはかなければならないため呼吸をするだけでもかなりの負担がかかる。
 人間の呼吸は酸素でなく二酸化炭素で調整される。空気の酸素濃度が低いと呼吸が速くなり、多く呼吸をすることで体内の二酸化炭素が排出される。血液中の二酸化炭素が排出されて血液の酸度が下がるのを防ぐため、眠っているときに身体は二酸化炭素が少なくなりすぎると二酸化炭素が蓄積されるまで一旦息を止める。そしてそのあと呼吸を楽にするために大きく息をするため、その衝撃で目を覚ますこともある。そうやって睡眠を妨げられることがしばしばあるので、高高度では眠りが浅くなる。
 そのため高高度では呼吸に変わる方法で血液の酸度が回復させることになるが、何かの方法で血液の酸度を回復しているらしいがそれはいまだ不明というのはびっくり。
 シェルパのアン・リタしか冬のエベレストの無酸素登頂に成功した人がいないというのを見ると、やっぱシェルパの人ってすごいよなあと感じるわ。
 潜った水深の半分までは一気に上昇しても影響がないというのは少し驚いた。
 水難救助で引き揚げたとき、水の中では下半身に流れる血流が減り体温が低くなるので、そこで冷やされた血液が心臓に回り心配停止などを引き起こすため『水平の姿勢で引き揚げれば、血液が急激に流れるのを防ぐとともに、手足が温まるまで仰向けの姿勢を維持できる。イギリス海軍では海難救助でこの方法を導入して以来、救出直後に心停止が起こる確率は大きく減った。』(P87)
 人間は肺の中の空気があるから、潜水するときは最初の数メートルは抵抗が強いが潜るごとにその肺の中の空気が縮んでいき、水深7メートルくらいから下になると自然に沈む。
 圧力空気を使ったダイビングでは数気圧の圧力がかかると窒素に酔って、「深海の狂喜」というアルコールによったときに似た状態になる。つまり『気分が高揚し頭の回転が早くなった気がして、現実感を失い、手先の動きがおぼつかなくなって、理性を失った行動をとる』(P102)。そのため圧力空気を使ったダイビングで安全に潜れる限界は約30メートル。
 7気圧の純粋酸素で呼吸すると5分くらいで痙攣を起こすようになるが、そのときの酸素の味は無味無臭でなく、『やや変わった風味で甘酸っぱく、「気の抜けたジンジャービール」か「砂糖を少し加えた薄いインク」のようだという。』(P105)通常の状態では気づかない(それを吸っていたら5分で痙攣が起きるほど圧縮された純粋酸素でようよう気づく)ほどにわずかとはいえ酸素に味があるというのは少し驚きだった。
 18世紀末にある英国人が105度の部屋に生肉、数個の卵、犬、そして自分が入り、15分して出てきた。そうしたら肉はカリカリのステーキに、卵はゆで卵になったが、犬と自分は元気だったというが、彼は何を思ってそんな実験をしたのだろうか(笑)。105度というのはとても驚いたのだが、サウナでも約90度もあるのか。サウナにはあまり縁がないため、個人的に実感が持てる温度はせいぜい気温か風呂くらいだから余計に驚いてしまった。
 20世紀前半には熱中症は太陽光線によるものだと考えられたため、『日よけのヘルメットと背骨に張るパッドが流行した』(P153)。「日射病」という呼び方はその名残かな。
 南極のような強烈に寒いところでは熱を発生させるために身体が消費するカロリーが半端でなく、南極大陸を徒歩で横断した人たちは一日当たり7000カロリー以上を消費して、彼らは最高一日1万1650カロリーを消費した日もある。
 『極度に冷たく乾燥した空気を吸うと器官の内側に並ぶ細胞が破壊され、はがれ落ちる』(P181)ため、窒息死する恐れがある。
 寒いところでは尿が増えるため、登山家など寒いところに滞在する人は十分な量の水分をとらないと脱水症状を起こす恐れがある。脱水症状は炎天下とか夏の暑い中というイメージがあったから寒いところで脱水症状と聞くのはちょっと意外感があった。
 赤ん坊が持ち、ほとんどの大人が持たない褐色脂肪は食べ物を燃やしてエネルギー源にするのではなく、純粋に熱を生成するもの。
 植物も熱を発しているというのは考えたら当たり前のことであるが、それを指摘されてちょっとハッとした。
 水中で命を落とす人は溺れる人よりも身体の熱が奪われ低体温症で死ぬ人もかなりいて、例えばタイタニック号の犠牲者の多くも溺れるというよりも低体温症によって死んだらしい。
 人間はある程度寒さに適応できる、寒さへの慣れって精神論とか感覚とかでなく実際にあるものなのだと少し驚き。
 毛を逆立てることで間の空気の層が分厚くなって熱放出を減らす。人間の鳥肌もそうだが、人間には全身に毛がないために無意味となった機能。
 ほとんどの人は運動中に過剰に呼吸していて、酸素が足りないと思うのは肺が十分な酸素を取り入れられていないためではなく心臓が酸素を組織に運ぶのが間に合わないため。呼吸でなく心臓が運動能力を制限する。
 『タンパク質を異常に多い食事をしたり、タンパク質の栄養補助剤を大量に飲んだりしても運動能力が向上するという科学的根拠はない』(P232)というのは甚だ意外。その一方で炭水化物の多い食事は運動能力を向上させるという効果は証明されているようだ。
 旧東ドイツの水泳チームのコーチと医師の数人は、選手の身体を傷つけたという理由で有罪になったと書かれているが、それってドイツが統合されてから裁かれたのなら(たぶんそうだろうけど)遡及効なんじゃ。それで有罪にするのはどうかと思うわ。
 『自分の血液を冷凍保存して赤血球だけ再輸血して、酸素の運動能力を一時的に高める方法もある。これらの血液ドーピングの効果はまだ証明されていないが、一般に運動能力が向上すると信じられている。』(P263)いまだに証明されていないとは驚き。充分な実験がなされていないのか、それとも本当は効果がないのかどっちなんでしょうかね。
 人類が月に行った期間は、初めて月に到着してから3年の間に6回だけで、それ以降人類は月に行っていない。
 『四・五Gで視界は完全になくなるが、まだ音を聞いて考えることはできる』(P285)ということだが、遊園地の最新の乗り物では四Gを出すものがあるというのは驚愕。
 アポロ13号、爆発事故によって宇宙空間で電気供給が止まり、月面探査モジュールが地球へと帰る究明いかだになったが、空気は2人分が2日分しかないのに、搭乗している人数は3人で地球へは3日かかるため、飛行感染センターのエンジニアが不眠不休で探索を練り船内のこまごまとしたものでの空気清浄機の作り方を考えて、宇宙飛行士たちにそれを作らせたというエピソードは面白い、世界一緊張感のある工作。
 地球上の全ての生物は水がなければ生きていけない。文字通り命の水というわけか。
 南極でも1904年にイギリス隊が最南到達記録を達成したときに小屋に残してきた食料は今も新鮮なままであり、北極で発見された氷の奥に閉じ込められたマンモスは三万年以上前の死骸の肉がいまだに食べられる状態にある。