明治断頭台

内容(「BOOK」データベースより)

明治の王政復古とともに復活した役所、弾正台。水干姿の優美な青年・香月経四郎と、同僚の川路利良は、その大巡察として役人の不正を糺す任に就いていた。とあるきっかけから、二人は弾正台に持ち込まれる謎めいた事件の解決を競うことに。いずれ劣らぬ難事件解決の鍵になるのは巫女姿のフランス人美女、エスメラルダが口寄せで呼ぶ死者の証言で…!?明治ものにして本格推理小説。驚天動地のラストが待ち受ける異色作。

 連作短編集。明治4年が舞台のミステリー。
 『氷菓』・折木奉太郎の本棚 http://togetter.com/li/399726 を見て、米沢さんがtweetで『『明治断頭台』を読む→必然、ミステリおもしれー!となる→ミステリ揃え始める→ミステリはあまり読まないという描写とズレる、という理由で外しました(『妖異金瓶梅』も)。』と書いているのを見て、それほど面白いのかと興味を持って購入した。
 明治四年の近代的な警察機関が出来る以前、復古的な弾正台がそうした役割を担っていた頃の話。
 5人の羅卒たちは権力を傘にきて市井の人々に対してゆすりなどをする無頼漢たちなので、そうした連中が主役のピカレスク的な小説なのかと思ったら、そうではなくて大巡察で水干を着て、黛をつけるというまるで平安時代のような格好を常にしている香月経四郎と大巡察の川路利良(後の警察のトップ、司馬遼太郎の「翔ぶが如く」などでも書かれている人)のコンビが主役。そして他のメインの登場キャラにはフランスから香月を追ってきて、巫女の格好をして霊媒となって事件の解決を述べるエスメラルダがいる。羅卒たちも香月の手駒として毎回登場してくる。
 福沢諭吉、西郷、山県など大勢の明治初年の有名人たちや実際の歴史上の人物が、物語的な不自然さがを感じさせずに出てきているのはいいね。
 「弾正台大巡察」、5人の羅卒たちは一度香月に地位をつかって便益を得ようとする行為について叱責を受けたのに、その夜に既に居酒屋で地位で脅して無銭飲食するとは太いなあ。彼らは飲んで現在の地位について愚痴を言いながら、「この世に生まれて甲斐あった、と思われるようなことをやって死にたい!」と羅卒の一人の鬼丸が発言し、それに他の連中も同調していた。単なるよくある愚痴だと思っていたら、それがまさか後の展開と関係してこようとは思わなかったので驚きだ。
 ストーリーとは一切関係のないことだが、香月が持ち歩いている檜扇は1尺3寸もあるということは35センチくらいか、扇という言葉からは想像するものよりもだいぶ大きくてそこにちょっと驚いた。
 この短編のラストで羅卒たちが死んだかと思わせるラストだったので、少し羅卒の連中が主役かとも思っていたので、ちょっとビックリしたわ。
 弾正台は大真面目に烏帽子直垂という姿で会議していたというのは知らなかった。そんな中では香月の姿もそれほどは浮かないのかな。それと弾正台の中枢の一人である海江田は、桜田門外の変で井伊を斃した有村治左衛門の兄で、弾正台のある場所はかつて井伊家だった場所というのはなんという偶然。
 「怪談築地ホテル館」横井小楠暗殺の下手人の助命嘆願に河上彦斎の用心棒というか子分のような感じで、兄が横井の護衛をやっていて護衛失敗の責任で切腹させられた杉鉄馬という人を連れているのはちょっと何故なのかさっぱり理解できずに混乱する。兄に対しての肉親の情が強い人だからなおさら。しかしこの章に出てくる杉鉄馬は首切り役人になりたくて運動をしているというのはなかなかに変わった御仁だな。この3つ目の短編からいよいよミステリーっぽくなり、短編ごとで事件が起こる連作ミステリーとなった。というか、実は途中まで1章、2章で、それぞれの章に名前が付いているのかと思っていたけど、その区切りで事件が起こって解決しているのが続いている見て、ようやく章でなく短編だということに気づいた。
 羅卒たちが毎度毎度買収されているので、羅卒の言がどこまでが信用していい証言かがわからなくなってくる。しかし香月が雑巾のような連中で触れると手が汚れるが、拭き掃除に役立つといって庇っているのは思わずその言葉の可笑しさに笑ってしまう。
 岩倉、閥外の優秀な子弟を養子・養女として将来の親衛隊を育てることを考えそれを実行していた。正直創作だと思っていたが、実際にそのようなことを行っていたと本文中で書かれていて、本当だと知ったがそれはちょっと驚いた。
 死体を前にしてエスメラルダが死者の霊魂を呼んで、事件の真相を明かすという場面に、彼女の有為性を示すためとはいえ、真鍋父娘(香月は真鍋父に幼少時に世話になり、娘を彼と結婚させるつもりであった)を、若い女性に死体を見せることになるのに毎回読んでいるのはいまいちよく理解できないな。
 最後の「正義の政府はありえるか」は素晴らしい。それまでちょっと疑問に思っていた箇所(買収されている羅卒)について説明され、香月の言によって明かされた事実は大きく、そして驚きを与えてくれる。そして最初の羅卒たちの愚痴が最後の彼らの決死の活躍に説得力を与えてくれる。しかし伏線と思わない場所が伏線として機能するという鮮やかさな手際には痺れる。しかし羅卒たちは口だけで現状への不満を言って、なにか大きな目標となるべきことに自身の身命を奉じたいという気持ちを述べていたが、それが自分はもっと大きなことをやれるのだという虚勢とか自分自身や他人への見栄でなく、ラストのように実際にそれを見つけ、自身の命を賭けた場に立って各人が百人力の活躍をしているというのは見直したというか、嘘でなかったのだなと思い少し感動した。最後の逃走劇での活躍ぶりは見事見事。香月の告白から、逃走劇での羅卒らの活躍といった一連のシーンのダイナミックでスピーディーな信仰は尋常でないほど素晴らしい、文句なく面白い。