海の底

海の底 (角川文庫)

海の底 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

4月。桜祭りで開放された米軍横須賀基地。停泊中の海上自衛隊潜水艦『きりしお』の隊員が見た時、喧噪は悲鳴に変わっていた。巨大な赤い甲殻類の大群が基地を闊歩し、次々に人を「食べている!」自衛官は救出した子供たちと潜水艦へ立てこもるが、彼らはなぜか「歪んでいた」。一方、警察と自衛隊、米軍の駆け引きの中、機動隊は凄絶な戦いを強いられていく―ジャンルの垣根を飛び越えたスーパーエンタテインメント。

 わりと久しぶりに有川作品を読んだが、最近微妙に読書ペース落ちているのだが凄く読みやすくてあっという間に読むことができ、そのリーダビリティの高さに改めて感嘆してしまった。自衛隊三部作は、SFには苦手意識があり(嫌いというわけではなく、むしろそうした作品を読みたいとは思っているのだけど、実際読んでみるとなかなか読み進まない)、図書館戦争シリーズもいまいち他の有川作品と比べて面白いとは感じられなかったということで今まで読んでいなかったが、この作品はかなり現実よりな作品でリアリティを感じさせられて、怪物の出現に対応しようとするプロフェッショナルたちの格好いい仕事ぶりが描かれているので面白かった。それに潜水艦という閉まった空間での、少年少女の(解説にあったように「中学生日記」的な)人間関係、そしてまとめ役の夏木と冬原も若く、艦長の死に衝撃を受けて、ささくれ立った精神状態なために穏やかに収められないが、そのことで彼らの関係のゆがみが表面に出てきて、若い夏目も生のままの感情をぶつけているために、色々問題も起こると同時に色々今まで抱えていた問題も解決したり、そのゆがみや誤解を彼ら自身が認識して良い方向に変えることにも繋がって、うまい具合に子供たちの成長が促された。
 艦長、自分が食われるという尋常でない死に方が目前に迫っていても子供たちを危険にさらすな、自分はあきらめろと部下に言えるのは男前だ。でも夏木の見知らぬ子供よりもあんたを助けたいという意見も共感できるし、真っ当な気持ちだし、そんな思いを抱いているのに見殺しにしなければならないというのは、夏木の気持ちを思うだけでも胸が痛む。艦長が子供のことを口にしたが、それだけではなく夏木と冬原が自分を助けるために無茶をして死なないように、子供たちを守るという仕事を最後に与えたのかなあとも思ってしまう。
 人間大の巨大ザリガニであるレガリスに足を切断された長田を回収する際に、彼が持っていた切断された自分の足を他の人が持とうとしたときに、その足を抱きしめながら長田が言った「駄目です離しません!」という言葉に彼が失ったものの大きさが表れていて思わず泣けてきてしまった。
 烏丸は警察のお偉いさんだが、自分たちの手に負える範囲を超えていると判断して、自衛隊にいかにスムーズに移行できるかを最初から考えて、そのために敗走という演出までして鑑定に決断させるとは格好いいな。
 唯一残った艦長の遺体の一部である腕を腐らないように冷蔵庫に入れていたが、そこに子供たちが見ていない夜中に夏木が手を合わせているのをみて、彼の悲しみの深さを改めて感じる。
 艦内に取り残されている子供たちをヘリでの救出を試みた際に、その救助に向かった自衛隊員が、本来は問題児扱いを受けている夏木と冬原のことを『将来を嘱望された実習幹部』と聞いていることに思わず笑ってしまった。子供たちからマスコミにリークしたことで、幹部連中はたしかに有事に生きる人材であると今は亡き艦長が言っていた通りの男たちだったなと評価していたが、そこからそうした過大評価がきているのかな(笑)。
 なんで自衛隊が出動しないのか色々言っているのは、独自に行動するわけには行かないという理由があるから、自衛隊自身が決められることではないのに、色々と言っているのは特殊な状況に置かれているんだから仕方ないこととはいえ、ちょっとイラッときてしまう。出動しないのは、臆病風に吹かれてとかわが身かわいさゆえにとかそういうのではないということは重々承知しているからね。
 米軍が中々出撃してこないのは、外交努力でよく持たせたな、そして米軍はなぜそんなに我慢しているのだろうと思っていたが、米軍には最初に民間人を誤射して殺してしまったという弱みがあったことが明らかになり、それまでの耐えていた理由はそれだったのかとなんだか納得した。
 自衛隊を投入することを鑑定に決定させるために、レガリスを前にして全力で戦い敗走する姿をテレビに撮らせるという全力の茶番を演じる。すぐさまこの事態に収拾をつけて苛立った米軍による爆撃という国辱を回避するために自分たちが泥を被っても、機動隊員たちの格好良さ。
 機動隊員や自衛隊員たちが格好良く描かれているのはいいのだが、猟友会の人たちについてはちょっと対比させるためとはいえ、さんざんな書きっぷりなのは少し、ん?と思うけど。
 自衛隊が出動したことで一日経たずに自体が収束したというのは、それまでにレガリスたちの生態についてある程度推測が経ったということもあるが、それを見るとアメリカがいつまでも自衛隊が投入されないことに非常に苛立っていたのも理解できる。
 米軍にかくまわれていたryuさんが、チャットのメンバーたちに最後に真相を知らされたときの反応はちょっと見たかったので、そこが描かれなかったのが残念だ。
 自分が起こした事態について圭介が、もともと馬鹿な子供だけど、それを意識的にカメラの前で演じることで泥を被り、夏木と冬原が処罰を受けないようにしたというのは良かった。そして、そのことに夏木と冬原が気づいているのもいいね。
 そして最終章ではぐんぐん時が経って驚いたが、そうした時の経過があったおかげで圭介の成長も見ることができたので良かった。彼の成長や家庭のことについては一朝一夕でどうにかなるものではなかったので、そうした意味でも長い期間が過ぎ去ったことはよくもあったかな。そして最後の終わり方は、ちょっとそんなに長いとき思い続けて、就職先まで決めたのはちょっと首を傾げてしまうな。まあ、別に悪いとは言わないけどさ。
 巻末の短編「海の底・前夜祭」はいいノリの連中で、叱責されるのは当然だし、水とかを攻撃に使って被害とかないのか少し心配になるが、面白そうだし楽しそうな雰囲気でいいね。
 あとがきに、警察・内閣・自衛隊・『きりしお』艦内・米軍などをいくつかのパートに分けて、友人たちにそれぞれ役を受け持ってもらい、チャット詰め将棋のようなことをして、この事件を作り挙げたというのは面白いし、そういう遊びは面白そう。そして『米軍役を受け持った友人が執拗に米軍の出動を画策して何かに取り憑かれたようでした。内閣・警察・自衛隊役が相談しつつこれを封じるわけですが、なだめすかしてもう必死』だったというのは笑ってしまう。