黒猫館の殺人 新装改訂版

内容(「BOOK」データベースより)

大いなる謎を秘めた館、黒猫館。火災で重傷を負い、記憶を失った老人・鮎田冬馬の奇妙な依頼を受け、推理作家・鹿谷門実と江南孝明は、東京から札幌、そして阿寒へと向かう。深い森の中に建つその館で待ち受ける、“世界”が揺らぐような真実とは!?シリーズ屈指の大仕掛けを、読者は見破ることができるか?

 改訂版もこれで最後でこれ以降は改定する予定はないということだから、これから改訂版が文庫版で出るのを待たずとも既刊を読める。でも、次の「暗黒館」は四分冊で総ページ数2000ページ以上の大作だから、読み始めるまでにはちょっと時間がかかりそうだな。
 解説にもあるけど伏線だらけで、読んでいる途中で真相がさっぱりわかっていないときでも、かなりピュアな本格ミステリーというか、無駄な要素がなく全て推理の要素となりそうだが、そうした無駄のない作品でもすごく読みやすいというのはとてもすごいわ。
 この本は非常に完成度の高くて、奇抜でないのに驚かされるし、まともに推理も出来そうで、読みやすくて面白いというミステリーのお手本のような作品だと感じた。
 しかし無駄がないからこそ感想が書きづらいミステリーだとは読んでいる最中にずっと感じていた。そんな作品をネタバレなしで書けるほど文章がうまくないので、ありで感想を書きます。
 そういえば、江南が鮎田冬馬の「冬馬」という名前の文字面からは年配の男性といった印象を受けると書いてあるのは、なんとなく現代の漫画とかでもイケメンキャラとして出てきそうな名前だったから、ちょっと意外だった。
 鮎田の行動についての細かな違和感については手記で起こった事件ではなく、捨てられた過去に由来する。そうした彼にとって当然の前提過ぎて書かなかった自分についてのことが隠されているから、違和感を覚え、この事件について鮎田を疑ってしまった。しかし容貌がずいぶん違うから、天羽と同一人物とは思わなかった、というか一瞬思ってもでも容姿が違うから、それはないかとあっさりとその予想を退けていたわ。
 手記に書かれている犯罪については、その事件に関連した人物が彼しか出ていないのだから、ハウダニットなのかと思ったらぜんぜん違った(苦笑)。女性のほうが自然死だったことには驚いた。それが明かされたときに、それならもう一つの犯罪も鮎田にメリットないから一番順当なところかなと思っていたが、もしかしたらそちらも普通の自殺なのかと思ったら、そっちは順当なところにいったな。ただ、一つの真相を明かすことでもう一つの真相について確信を持てなくするというのは面白いな。
 手記の冒頭で鮎田が書いているように、手記には嘘が書かれていないから、鹿谷の推理によって見方が変わることで、一つ一つ真相が見えてきて、そして自分が大きな勘違いをしていたことに気づき、ハッとするような新鮮な驚きがもたらされて推理・真相を読むのがとても面白い。しかしそもそもの舞台自体が違っていたというのは流石に気づかなかった。少しでも引っかかったところを、どうせ最後に推理パートがあるしだなんて横着をせずにきちんと調べていれば、もう少し正答に近づけたのだろうと思うとちょっと悔しい。いやあ、無茶なトリックはないのに、こうした驚きをもたらされるのは凄い
 それに終わりも天羽=鮎田をこれ以上痛めつけるのは心が痛むから、その事件についてどうするかについて彼の判断にゆだねているのはよかったわ。
 新装改訂版解説によると、世評の高い「霧越邸殺人事件」の改訂版が近日出るようなので、「暗黒館の殺人」が長くて直ぐ読む気にはなれないので、とりあえずその作品を次に読む綾辻作品にしようかな。
 新装改訂版のあとがきに『本書が特異なのは(中略)死がどちらかといえば従属的な謎だという点にある。真に解くべき謎は別にある。だが、それは読者の前に「謎」としてあからさまに提示されているわけではない。』(P439)とあるが、そういうところもあって、驚きが大きかった。