イスラム飲酒紀行

内容(「BOOK」データベースより)

イラン、アフガニスタン、シリア、ソマリランドパキスタン…。酒をこよなく愛する男が、酒を禁じるイスラム圏を旅したら?著者は必死で異教徒の酒、密輸酒、密造酒、そして幻の地酒を探す。そして、そこで見た意外な光景とは?イスラム圏の飲酒事情を描いた、おそらく世界で初めてのルポルタージュ


 以前から文庫化したら読もうと思っていたから、文庫になったので早速読了。
 しかし高野さんが、年に1日くらいしか酒を飲まない日はないというほどの酒好きだというのは知らなかったなあ。
 色々なイスラム世界の場所で酒を飲んでいるが、それぞれ飲酒が主目的でなく、イスラム世界で酒を飲んだときのエピソードを後から一つのテーマとしてまとめてこうした本を書いたということやそれぞれの章の冒頭が同じような感じで始まっているからおそらく初出は雑誌での連載かなにかだった文章だということも影響しているのか、あるいは一期一会の出会いばかりだからなのか、なんか微妙にいつもの高野さんの本とは少し印象が違うように感じる気がしないでもない。
 まあ、著者の本を読むのが少し久々だったり、あるいは読んでいるときはあまり体調が芳しくないときだったというのが影響しているのかもしれないが。それにどちらにしろ面白かったんだし、そんなことは別にいいっちゃいいんことだしね。
 最近はイスラム復興主義によって変わってきているようだが、基本的にイスラムでの酒は日本での未成年の飲酒に近くて、公の場所では原則ダメだが、個人が何かの機会にちょこちょこ飲んでいるのは大目に見られ、周囲にうすうす悟られていても大事ないことのようだというのは、もっと何が何でもダメと言うトーンだと思っていたから意外だった。
 イスラムでは酒よりもマリファナのようなドラッグに寛容(ドラッグに対する処罰は厳しいのに)に見える地域のほうが多いのは、匂わないから酒よりも気づかれにくく、体調が悪いだけとごまかしやすいからじゃないかというのはなるほどと納得。
 アフガニスタン、調べれば簡単にわかることとはいえ、少しでも爆弾テロや拉致などを防ぐため、外国人向けのレストランや大使館の表示が何もないという状況は涙ぐましい努力で、いかにアフガニスタンの状況が安定していないのかが伝わってくる。
 イスラム諸国でも酒を入手できる難度の違いはあるようだけど、酒に厳しい国たとえばイランとかでも、酒を思ったよりも苦労せずに入手できているようなのは意外だった。
 酒を入手する時の人目を忍んだこそこそ感とか、酒を入手するときの、あるいは共に酒を飲み交わしたときの一期一会の出会いなんかは面白いな。
 イランでは政府が原理主義化して、スーフィー神秘主義)はイスラムではないとした結果、スーフィーの側からイスラームでなく結構となって、「イスラムでなくスーフィー」といった意識が生まれているのはちょっと面白い。まあ、原理主義みたくなって、小さな差異の民族・宗教団体が吸収されたり、分裂したりというのはどこでもあることっちゃあることだけど、最近とか現在進行形でそうやって割れているのを見るのは興味深い、といっちゃ失礼かもしれないけど、とにかく関心を持つ。
 シャイロック似のイラン人が、とても親切にチョウザメや酒を探すのを手伝ってくれているなと思ったら、自分が食べたかったらしく、真っ先にビールやチョウザメ料理に手を出したというのは笑ったし、それに上機嫌に飲食している彼を見ると憎めない。それに、こういった売られていないと思っていた物(チョウザメや酒)がとんとん拍子に手に入るという展開は好きだな。
 ソマリランドで、著者が「ソマリランドは本当に素晴らしい国だね」と言うと同行の宮沢に「カートのやり過ぎなんだよ、単に」とため息混じりに言われたというエピソードは笑う。そういわれるくらい、著者は当地でカートを朝から晩までしょっちゅうかじっていたから酒の必要はなかったけど、一度酒を飲む機会があった。その地で酒を飲むのは、酒を飲むとカートが切れかかるときの不安感がなくなるから、そうしたソフトランディングのために酒を飲むというのはちょっと面白い。
 イスラムの経典とかにはそこまではっきりと禁止とかかれていないのに原則として禁止されているのに対して、仏教では在家仏教徒が守るべき五戒の一つに「酒を飲んではいけない」という戒があるのに、酒を飲んでいるというのは話が最後に出てくるが、特に意識したことはなかったけど言われてみれば不思議だな。
 あとがき、イスラム国家にも酒があるのは、外国人向けとか教えを守らない信者もいるからということではなく、イスラム以前の土着の習慣を残している土地が少なくないからだというのは、なるほど。また、イスラム圏の地域性についての指摘もそれは当然あると知っているけど、とっさにはそれが意識の表面に当然の前提として出てこずに一様なイスラムと言う印象が先に来てしまうから、しかと頭の中に刻んでおかないとなとも思う。