楽園のカンヴァス

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

楽園のカンヴァス (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日スイスの大邸宅に招かれる。そこで見たのは巨匠ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は正しく真贋判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を読ませる。リミットは7日間。ライバルは日本人研究者・早川織絵。ルソーとピカソ、二人の天才がカンヴァスに篭めた想いとは―。山本周五郎賞受賞作。


 絵画をめぐるミステリーということで、以前から気になっていて文庫化するのが待ち遠しかった作品なので、早速読了。
 ライトノベル以外は発売して直ぐに買っても結局しばらく本棚で積んでいるようなことが多いし、読み始めても序盤はなかなか読むペースが上がらないのはいつものことなのだが(ライトノベルは新規シリーズをなかなか買わないため、設定や世界観を覚える手間がないから早く読み始め、早く読み終えられる)この本は、以前から気になっていた小説と言うこともあったので早速読み始め、冒頭から読みやすくてあっという間に読み終えることができた。
 一章と最終章が現代(2000年)、それ以外は過去(1983年)と1983年に読んだ、ある古書にまとめられているアンリ・ルソーの晩年の記述の3つのパート(1905-10年)
 第一章は現代(2000年)の日本の美術館から始まる。語り手の早川織絵は、現在美術館の監視員をしている。彼女は未婚の母でそのために高校生の娘としっくりいっていないという懸念事項を抱えつつも、それなりに安定した穏やかな日々を送っていた。そんな時にルソー展を日本で開催しようとしている人たちにニューヨーク近代美術館MoMA)のチーフ・キュレーターであるティム・ブラウンがアンリ・ルソー「夢」の貸し出しを認めるには彼女が日本側の交渉人となることが条件とされたことから、かつてトップクラスのアンリ・ルソー研究者であったことが突き止められ、交渉人となってくれないかと頼まれる。ティムの名前を聞いたことで長く封じていた過去の出来事を思い出す。
 織絵がふいに絵(ピカソ「鳥籠」)の今までと違った見方・解釈で見れるよう、感動を覚えているのを見ると、そうした描写は絵画に疎くそうした感動を覚えたことはないけどなんか好きなんだ、こういうシーン。
 それから日本に西洋美術の名品を貸し出してもらうには、代わりに貸す作品が少ないため多額のレンタル料を払わなければならないし、地理的にも遠いため貸すのに躊躇するところも多いというようなちょっとした情報は面白い。
 そして第二章以後は1983年の話に移り、語り手はティム・ブラウンへと変わる。
 1983年のパートは伝説的な謎のコレクターである人物コンラート・バイラーからの鑑定依頼を受けてやってきた、当時評価が低かったアンリ・ルソーにほれ込んだ二人の男女。世界有数のアンリ・ルソー研究家でニューヨーク近代美術館のアシスタント・オペレーターだったティム・ブラウンと新進気鋭のアンリ・ルソー研究者オリエ・ハヤカワ(早川織絵)は、アンリ・ルソーの作とされている「夢をみた」の真贋を判定して欲しいと頼まれ、二人のうちより説得力のある結論を導いたものにハンドリングライト(取り扱い権利)を譲渡する(売却も、展覧会への出品も、贋作と言って闇に葬り去ろうと自由)と言われる。ただし、その真贋じっくりとその絵画を見て判断するのではなく1週間ある7章からなる「物語」を読みすすめることで、その判断をしてもらうという一風変わった調査方法をしなければならないとされた。彼らが読んだ物語は、アンリ・ルソーの晩年、ピカソら彼を評価してくれていた前衛の作家たちや彼のミューズだったヤドヴィガとのエピソード、そして「夢」or(and?)「夢を見た」が以下に描かれたかを書いた物語。
 しかしバイラー、どこにも知られていないピサロドガロートレックゴッホゴーギャンなどの名だたる作家の作品があるというのは、美術を知っている人にのっては素晴らしい体験だろうなあ。それで夢のようだと感じているティムを見るのはなんだか微笑ましいな。
 そうした多くの未公表作だったり、風変わりな申し出だったり、彼の元に届いた手紙を空港でそっと見せるという秘密めいたしぐさで本人確認されて、バイラーの城のような邸宅まで高級車で連れて行ってもらうなんて色々な細部が合わさって、現代現実世界が舞台だけど浮世離れした幻想的な世界に迷い込んだような気分にさせてくれたので、ティムが身分を偽っているがそうしたのは苦手なのに、ほどよく異界じみた舞台であったおかげでいつばれるかみたいな嫌などきどきをあまり感じずに済んだ。
 それがマニングに上司のトムを装っていることを突かれて、彼がハンドリングライトを取ったらオークションに出せと脅されたり、ジュリエットに絵の出所とかの話を聞かされたりと急に生々しい話になってきたなあ。でも、バレたけど殺さずに生殺しみたいな状況になっているけど、最初から本人は上司のつもりがタイプミスで自分に招待状が来たと勘違いしているが、本当はティムが呼ばれたのではないか、びくびくして上司を装っているがそれは必要ないのじゃないかと思っていたから、不思議とそうしたときに感じる変な緊張もストレスもなく読みすすめられたのはよかった。まあ、実は「夢をみた」の下に知られざるブルー・ピカソが眠っているのではないかという話が出てきて、読みすすめている「物語」にもそうしたエピソードが登場して、それならばピカソが専門の上司のトム・ブラウンが招待された可能性もあるかともちょっとだけ思えてきて本の少し不安を感じないでもなかったが。
 ピカソらがアンリ・ルソーを囲んで催した夜会が美術史上の伝説となっているということだが、美術史全く知らないのでそうしたエピソードにはちょっと興味を引かれるな。
 しかし途中で生臭話が色々と出てきたが終わりはすべてが上手い具合にまとまった、収まるべき場所に収まったという終わりで、最後は後味の悪いことは何一つ残らないという大団円な話だったのが嬉しい。もちろん第一章があるから、そんなに悪い結果にはなっていないことが予測はできていたけど、どのような帰結になったかはさっぱり分からなかったからな。まあ、最初で分かってしまったら小説にはならないけどね(笑)。しかし一章でそれほど悪い展開はないと保障されていたようなものだから、そのおかげでティムの破滅とかに対して妙な不安を抱かずに読めたのかも。
 巻末に「この本は史実に基づいたフィクションです」と書いてあるのはちょっと思わせぶりで、そんなことを書くとはどこまで史実なのかがちょっと気になってしまい、もしかしたらそれが作者の狙いなのかもしれないがそこらへんの美術史を知りたくなってしまう。まあ、それは穿ち過ぎなのかもと思うけど。