空の中

空の中 (角川文庫)

空の中 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

200X年、謎の航空機事故が相次ぎ、メーカーの担当者と生き残った自衛隊パイロットは調査のために高空へ飛んだ。高度2万、事故に共通するその空域で彼らが見つけた秘密とは?一方地上では、子供たちが海辺で不思議な生物を拾う。大人と子供が見つけた2つの秘密が出会うとき、日本に、人類に降りかかる前代未聞の奇妙な危機とは―すべての本読みが胸躍らせる、未曾有のスペクタクルエンタテインメント。

 先ごろ読了し終えた「海の中」が面白かったので、SFは読みにくいと感じる性質だから今まで少し敬遠していた他の自衛隊3部作の作品を読もうと思い読了。
 高校生組のパートと、自衛隊の女性パイロットと航空機設計の若手技術者を主人公として、白鯨との対話を描く大人組(といっても若いが)のパートの2つのパートで構成されている物語。
 「高校生組」謎の生命体を拾った高校生の瞬と佳江。瞬は自衛官パイロットだった父を謎の事故で亡くして天涯孤独となってしまった寂しさを拾ってきたUMAであるフェイクを家族のように触れ合うことでごまかそうとしていた。それを見て、瞬の幼馴染である佳江はそれを心配しつつも、手を出しかねていた。そんなときに謎の巨大生命体「白鯨」ディックの存在と、父は彼と衝突したことで死んだことを理解して、それと同じ生命体でその衝突時に剥落した一部であるフェイクを憎むようになるが、フェイクはインプリンティングもあり瞬が好きになっていたので彼に遠ざけられ悲しい思いをした。そんな折に、ディックに攻撃が開始され分裂したことで、その分裂した白鯨たちの一部が日本に攻撃を仕掛けてきて、瞬たちのいる高知にもその攻撃を加えてきた。そんなときに瞬は、佳江を守るためといって、憎しみもあり、同属であると知っているのに彼らを攻撃しろと命令してしまう。その命令のおかげで高知を襲撃してきた白鯨たちを彼は殺し吸収したが、瞬は激情に任せて、同属殺しを命令してしまったことで背負ってしまった十字架を、責任をどうすればいいのかについて懊悩する。そんな中真帆という反白鯨団体の事実上のトップにして、新しい飛行機の試験中に白鯨に衝突して死亡したパイロットの娘で、その団体の広告塔をしている瞬や佳江と同年代の少女が尋ねてきて、フェイクの力を手に入れるために瞬を勧誘する。瞬は彼女が彼を利用しようとしていることはわかりながらも、フェイクに同属殺しを命じてしまったのならば、それならばもうその誤りを最後まで貫徹して、フェイクにそれが正しいことなのだと最後まで言い続けることでフェイクに痛みや葛藤を味わわせないようにしようと思い、彼女の勧誘に乗った。反白鯨団体は独自に襲撃してくる白鯨の除去のために白鯨を集めて、フェイクに食べさせる。表向きは政府が何かしている動きはないので、その功績を喝采されたが、実は自衛隊もフェイクが統合できるように努力をしていたが、フェイクが多くの白鯨を捕食したことでその計画に狂いが生じた。その後ほどなくして、多少強引ながらも自衛隊は白鯨の統合に成功して、攻撃をしてこなくなったので反白鯨団体の支持がはなれはじめる。そんななか両者は対談することになり、瞬もその中に参加することとなるが、そこで瞬と親しい宮じいや佳江も政府、自衛隊側として参加して宮じいは瞬自身も気づいていたことを真正面から叱って、またもう一つのパートの主人公である高巳も瞬に言い聞かせるように、反白鯨団体が、自分たちの都合のいいようにフェイクをコントロールしようとしていること、最終的な着地点が不安定なものであることを指摘して、これで詰みかと思いきや、真帆が最後に盤面をムチャクチャにしてやろうと破れかぶれな行動をとって最後に混乱させられるが、結局最終的には宮じいの説諭などもあり、なんとか最終的には穏便な着地点に収まった。そして大きな一つの白鯨であったの記憶を取り戻したフェイクは、再び白鯨と合体して一つの生命体となる道を選び、主人格(?)はディックとなった。
 「大人組」航空機設計会社の若手技術者高巳が、航空機スワローの事故がなぜ起こったかということを詳しく知るために、同じ空域で事故を起こした自衛隊の女性パイロット光稀から話を聞こうとするが、いっても信じてくれないだろうから中々彼女は話そうとしない。それでも粘り強く高巳は通い続け、また念願の国産飛行機を作る試みがこれがぽしゃったら、もう出ないだろう、そして現在ぽしゃる直前であることを話すことで説得(脅迫)した。その言葉で光稀はその理由を話そうと、戦闘機で実際にその空域まで行ってその目で、その場所の異常を見てもらおうとした。そこで上空に浮かぶ巨大な楕円形で透明にもなれる謎の生命体、後に白鯨ディックと名づけられる存在と遭遇する、そこで彼らは言葉を交わし、その後、ひとまず彼らは自衛隊の基地まで戻るが、そこまでディックはついていき、また姿を現したので、その直下にいる市民はパニックになる。それからこれ以上飛行機がぶつからないように願うディックと、謎の生命体であるディックがどういう存在なのか、そしてどういう原理で浮いているのかについて調べたい日本側との対話は続き、高巳も最初にディックと対話した存在でありディックの信頼も高いということと、彼はディックと会話する能力が高いことがかわれて本来の仕事ではないのだが、ディックとの対話役の一人として仕事をしていた。しかしそんな中で日本がディックを解析することで、未知の技術を独占することを恐れた某国が核を日本に向けて、ただちに日本の空域から退去させないと、核を撃つと脅したので、政府はディックと対話をしている現場に一切連絡を取らずに、ディックを日本から退去させて、更に空域から出たとたんにアメリカに頼んでディックを攻撃させたので、ディックは何万という数に別れ、その白鯨たちの一部が日本を襲撃した。その後、現場では再びディックと対話することになり、なんとかディックを統合するための試みを開始して、ある程度統合させる目処がたったのであるが、そんな中で反白鯨団体がディックの一部をフェイクに食わせるという事件が発生する。それであせったこともあり、ディックの了承をとってのことではあるがちょっと乱暴な方法でディックを統合させた。それで次はフェイクを有する反白鯨団体との対談に望み、フェイクの主である瞬をその団体から手を引かせようと彼と親しい宮じいや佳江をその対談の場に参加させたり、またその団体の最終着地点が不安定なものであることを説明した。そんななか自らの敗勢を悟った真帆によって混乱がもたらされたが、最後にはなんとか事なきを得る。
 高巳は好きだけど「あんがとね」とかいう台詞は、普通に「ありがとね」とかの方が個人的には響きが良く聞こえるから、わざわざ「ん」に変えているのはちょっと安っぽくなっている感じがしてしまうのでちょっと残念だな。
 瞬は間違っているほうへ、余計な苦しみや厄介さを生み出すほうに直進していきながら、その選択や状況に懊悩し続けているのは、読んでいて辛くなってしまうので瞬パートは正直楽しめなかった。そうした悩んで悩んで、自ら苦しみが多くてしかも誤っているほうへ、入ってしまうというような迷走さ、それも青春の一面なのだろうが、そういうのは別に読みたいと思わないというか、人が苦しみ続けているのを見るのはつらいので読むのがきついわ。それに最後には彼の道が否定されるのがわかっていて、変な方向へ行けば行くほど後に高転びするさいの高さがあがっていき、痛みが増すばかりだということがわかっているからなお辛い。そうした何らかの美学に基づいてしているとか、誤った方向に行っているけどふっきれて悪役ロールしてくれるならかえって爽快で普通に楽しめると思うが、常に現在進行形で選択に後悔しまくっているからなあ。フェイクの正体を知らずに家族のように扱って危うさがあるが、それでも瞬が一種の狂気さえ感じる陰のある幸福といった状況を楽しんでいたなら、たとえそれが誰かに誤っているといわれたとても肯定できると思うし、肯定したいと思う。しかしそうした誤りがフェイクに同属殺しをさせたりするようなものでそれを本人ですら肯定できないならば読んでいても辛いだけだな。
 それだから高校生組よりも大人組のパートのほうが好きだなあ、まあキャラクター的にも大人組のほうが好きだし。正直高校生パートは個人的にいらなかったなあ。
 『恵まれている奴はたまに鈍感で無神経だけど、悪気があるわけじゃないからね』(P97)という瞬の台詞はちょっといいなあ。
 高巳は自分の所属する業界、日本の飛行機製作現場、の命運がかかったプロジェクトが終わってしまうかどうかという瀬戸際なのに、自分の体験を話したがらない光稀が話してくれるのを、そうした事情を何も言わずに3週間も粘り強く通いつめて待っていた、彼女にあたったり、焦りを見せることもなくというのは器量が大きいねえ。まあ、彼女に惚れたから無様な姿を見せたくなかったという事情もあるかもしれないが(笑)。それに最終的にはその事情を話して、頼んだけどね。
 しかし「海の底」のレガリスは攻撃的だったということもあって、白鯨が姿を見せるまではその空域で何かに攻撃されたのかと思っていたが、存外白鯨は穏やかな人格(?)で、ただ単に白鯨が透明となって空をたゆたっているところにぶつかってきただけなのね。しかし攻撃しても分裂するだけで死なないとか無敵だなあ。
 そして高巳は会話が成立する貴重な人材となっているようだが、言語に詳しい先生方とか、会話ができそうで、対話役としてふさわしい人間がいそうなものなのになんでいつまでも高巳は対話役として中心にいるのか不思議に感じる、小説的ご都合主義だということはわかっているが、どうしても感じてしまうなあ。
 巻末の短編「仁淀の神様」は、本編終了から十数年後の瞬と佳江と宮じいの話。白鯨とかのSF的要素がない、宮じいの死を書いた短編であるが、有川浩の小説ではこうした日常に根ざした、普通に起こる出来事を書いた物語のほうが好きだなあ、いやこの短編を書いたのがしばらく後で作家としての成長もあるのかもしれないけど。しかし本編の彼らの話は正直趣味ではなかったので本編の彼らのパートよりも、この話のほうが面白いな。