フイヤン派の野望 小説フランス革命8

内容(「BOOK」データベースより)

変装してパリから脱出した国王一家だが、目的地まであと一歩のところで追手に捕らえられる。民衆の失望と反感はすさまじく、王家の威信は地に墜ちた。しかし議会は王の「逃亡」を「誘拐」とすり替えて発表。ロベスピエールら左派が反発する中、ブルジョワ中心の世の中を目指す有力議員たちが、フイヤン・クラブを設立し、政局は一気に緊張する。そしてついに、流血の惨事が―。激震の第8巻。

 買っていたけどしばらく積んでいて、その結果どこまで読んだっけと思うようになって、わざわざ難関まで読んだのか確かめるのがちょいと面倒でますます手を出しづらくなっていたので本当に久々にこのシリーズを読んだわ。でも、キャラクターの個性をしっかりと書き分けているから、出てくる登場人物がどういう人だったのかは読んでいてすぐに思い出せたし、ストーリーもどういう状況でどこまで進んでいたのかもしっかりと覚えていた。こうしてしっかりと記憶に残っているのだから、この小説シリーズはいい本だということを改めて実感したよ。まあ、前巻が王の逃亡だけで終わっているから、覚えていやすかったというのもあるけど。だって巻末の関連年表を見ると前回の分は1つのトピックしかないもの(笑)。
 身分を明かした王が、もう貴族たちから早く移動したほうがいいと忠告されながらも、ほんの数時間前に王と名乗ったことで状況ががらりと変わったことで、王としての振る舞いをすれば問題は起こらないと自らの、王の権威をあてにしている、あるいはすがって、だから安心だと思おう、思おうとしている姿は少し滑稽だが、ちょっと哀れにも思えてくる。
 王妃の愛人で逃亡のときに御者を務めていたフェルセンはそのときにもあまり役に立ってなかったのに、お役目御免となった後にも目立っていたから、王が逃げた方角がわかって早くに行き先を突き止められたというのだから最後までたたる男だねえ、フェルセン。
 捕縛されてパリへと帰るさなかに王は散々罵倒されたが、そうしたことを言っている層は庶民階層で、逃亡計画があっても富裕階層は比較的好意的だった。しかしそれは余裕があるか、そして国民の苛々が募っていたという状況もあって、そうしたはけ口とされただけで、本当に心底から支持者となってくれる人々は庶民層であると王が自覚しているのはいいねえ。そして国王と同じ馬車でパリへの帰途についている議員のペティオンは自ら(王)に悪意を示しているにもかかわらず、本性がそうというわけでもなく、単に洗練した悪意の隠し方を覚えていないからそうなっているだけで本来は善意の人間だという風に好意的に解釈しているのは、ずいぶん余裕があるね。それを見ていると、いまいち自分たちの仕出かしたことの重大性が十全に把握されていないのではないかと思わざるを得ない。それに自らに悪感情を示している人の心理を慮って、本来は善良であると内心思っているのは、心の広いなあと思う半面でそれは高慢にも思えるな。まあ、そう思えるのは私がひねくれた物の見方をしているだけかもしれないけれど。
 そしてパルナーヴが憲法制定の日程をずらさないため、能動市民(ブルジョワ)の利益のために、かばっているのを見て王はその理由をろくに考えずに、王だから、替えが効かないそうして貰えるものだと単純に考えて、『終わってみれば、良いたびだったといえるかな。』(P102)とすら思うくらいに楽観的に考えて安心しているのは、その鈍感さにはがっくりしてしまうが。まあ、今までにない経験をした数日だから、そうやってまず単純に考えてしまうのも仕方ないことだけどね。
 王の逃亡は誰にとっても自明のことであるのに、憲法制定を急ぐために、右派、ラ・ファイエット、三頭派は「王の誘拐」という嘘を堂々と述べて、それで王の罪を不問として収めてしまおうとした。今までなんで王が脱出を図ったのに、誘拐ということになったのかがわからなかったけど、ブルジョワ階級の利益のために、彼らの利益になる憲法をさっさと制定して、立憲王政として擾乱の季節に合った国をさっさと固めたかったからなのね。
 ロベスピエールは議会が王の逃亡を不問にして、憲法をさっさと成立したがっていることを憤っている。しかし、そうしたことは多数決民主制なら、国民から不興を買おうが、やろうと思えば現代でもやれるが、ロベスピエールのような純粋に議会では正義を行わなければならないのに、それが踏みにじられていると感じて怒ることはないだろうな。議会を素晴らしいものとは感じていないし。
 しかし自由主義者であるオレルアン公は、弁舌に長けたラクロだったり、庶民層を糾合させる力があるダントンなんかともつながりがあるなど、彼自身の出番はほとんどないが、ちょいちょい名前は出てくるから、彼のことが気になるなあ。
 以前はバスティーユの記憶も生々しかったから、民衆の圧力が効力を発揮したが、この時期では既にそうした記憶も薄れ功を奏さなくなっている。
 当時のフランスで一番大きな政治団体だったジャコバン・クラブは、大きさゆえに人まとまりでなかった。そうした中でデムーランやロベスピエール、ルイ十六世の廃位のための署名運動をジャコバン・クラブで決議して、国民的運動にしようとしたが、ロベスピエール極左の一派を除き、ほとんどの議員会員含めた多くの会員がジャコバン・クラブから離脱して、ラ・ファイエットとともに「憲法友の会」という組織を立ち上げて、ロベスピエールらは孤立した。さらに、それでも署名運動を続けようとする彼らに対して、ラ・ファイエットや三頭派は議会を通じては脅しをかけてきた。そしてジャコバン・クラブは隠忍自重のときと署名運動をとりやめたが、その後も署名運動を続ける決断をしたダントンが主催するコルドリエ・クラブが軍に武器を使って弾圧される、武器を持たないコルドリエ・クラブの面々を虐殺するというような超強行手段をとってきた。そのような時計を逆回ししたような驚天動地の出来事まで起こって、さらに現状何もしていないジャコバン・クラブに対する監視の目を強めて、ロベスピエールなんかはどんな理由をつけて逮捕されるかわからないというような窮状に立たされた。