江戸の小判ゲーム

内容(「BOOK」データベースより)

松平定信と経済官僚たちの所得再分配のためのプロジェクトX!市場にいかに貨幣を流通させるか幕府・武家・商人たちの興奮のドラマ。


 買ってから1年弱の期間積んでいたがようやく読み始めて、そして想定外の読みやすさに驚いた。読んでいる途中で「黄門様と犬公方」と同じ著者だと気づき、どおりでとその読みやすさに得心した。あれもかなり読みやすかったからな。
 「はじめに」で「びっくり其の壱 武家と商人が助け合ってる!」「びっくり其の弐 幕府の役人がクリエイティブだ!」「びっくり其の参 幕府の貨幣政策は清廉潔白だ!」というこの本で扱われる3つの大きなトピックが書かれているが、それを見るだけでも今まで抱いていたイメージと大きく異なるので、本文に入る前からそれらのトピックの内容についての興味がそそられる。
 借金を約50年に1度棒引きする、つまり破棄させるのが習慣となっていたというのは驚いた。そうした武士の借金帳消しする法令を出す直前の天保13年には、旗本の7、8割が父祖から相続した借金に困り、首が回らない状況になっていたというのは知らなかったが、50年経てばそうした状態になるというのは普段の体制がかなり不健全ってことだよなあ。江戸時代の3大改革が約50年に1度なのは今まで偶然かと思っていたが、そうではないのね。
 借金で江戸の最大の消費者である武士が金を使わなくなると消費が冷え込むから、消費の活発化のためにも必要なことでもあったから、町人のためにもなるというのが幕府の言い分だが、それはそのとおりなのかもしれないけれど、同時にそれは幕府の言い訳みたいなものでもあるのだろうね(苦笑)。
 そして富の再配分、商人から武家へという流れ、が享保、寛政、天保と回を重ねるごとに洗練されていっているというのもちょっと面白い。当事者同士で再配分するのは角が立つから直接再配分ではなく、一度公儀を経る間接再配分という形式になっていった。
 天保の改革の時には公儀が商人から御用金を徴収して、それを武士たちの借金に充てた。そのときの商人に御用金を要求した理由として幕府があげているのは、公儀が裁判をして取引の信用を守っている、すなわち商人は恩義を被っているのだからと御用金を要求した。実際に金銭訴訟を絞ったら、一般の金融業が低調になったようだ。そうした理由の他には、武士の誇りを守って、借金を恥としない感覚をはびこらせないようにしようとしたというのもあるようだ。
 江戸に住む町人・商人は無税であり、フリーライドしている存在だったようだから50年に1回というスパンで、武家が窮乏したときに御用金という形で税金みたいなものを払わせて富の再配分を図っていた。
 寛政の改革松平定信が始めた、町会所でようやく町人が供出した金を町人自身の救済にまわすという新しい金融サイクルを作ったことで、結果的に税金のようなものを町方に支出されることに成功したというのだが、それでもようやく町方が自分たちの救済のための基金を作ったということで、直接に町方から公儀に入ってくる税金はほとんど?まったく?なかった。
 「第二章 改革者たち」ではプロジェクトX風に、寛政の改革のときに松平定信をリーダーとしたチームが、棄捐令と町会所の作成という2つの政策の案を彼らはどのように煮詰めていったか、そして実行するに当たって札差、町方との折衝なども書かれているので、そこで彼らの迷いや逡巡が見えてくる。そのように無味乾燥な政策の説明ではなく、彼らのチームの物語として書いているので面白く読める。たとえば実行・企画者であるチーム定信の政策立案をして、事前の調査によって想定外が発生したら、当初の案を修正したり、また実際に政策を執行する段でも町方・札差と折り合いをつけるために妥協をしているというような過程が細かく書かれているのがいいね。
 棄捐令といっても今後札差が武士に金を貸さなくなっても困るので、それなりに手心を加えているし、札差たちの理解を得るために、色々考えたり(たとえば彼らに実行する借金の棄捐令について説明をする文章でもそれなりのメリットをいくつか提示して、さらに文章の順番などの細かな工夫もほどこされている)、骨を折っているのを見るのは今までのイメージに無く新鮮だし、読んでいて面白い。
 しかし武士が借金で汲々としていたのだから札差は金持ちだったのだろうなと思っていたけど、実際には、借金を棒引きする前に調査してみたら当時(寛政)でも全体7割がよそから資金を借り入れて経営していたようだ。
 紆余曲折あって町会所設立にいたるが、色々な調査によって当初の案を色々と変えていっている過程が見えるのが面白い。そうしたものを見ると、彼らがどう考えて計画を変更したのか、あるいは実行したのかという思考が、著者の説明もあって見えてくるので楽しい
 近代以降は銀行に貯金した分だけ誰かに投資されるが、当時は誰かが貯蓄すると其の文だけ世の中に回る金が減るという、社会構造の欠陥があったので、それを新金貨を導入して旧金貨を使えなくさせるという脅しをかけることで、商人に金貨を別の投資や新しい融資策を開拓させることを促して、世の中に金を回すという効果が改鋳にはあった。
 鳥羽・伏見の戦いの前年に米相場が急騰してから急落して、其のときに米を買った人々は損をしたということもあって、鳥羽・伏見の戦いではそのような米相場の急騰が起きず、以前の急騰がリハーサルとなったおかげで新政府が生まれたときに相場の混乱が起きずにすんだということは幸運だったというのはちょっと面白いな。