ウルトラ・ダラー

ウルトラ・ダラー (新潮文庫)

ウルトラ・ダラー (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

1968年、東京、若き彫刻職人が失踪した。それが全ての始まりだった。2002年、ダブリン、新種の偽百ドル札が発見される。巧緻を極めた紙幣は「ウルトラ・ダラー」と呼ばれることになった。英国情報部員スティーブン・ブラッドレーは、大いなる謎を追い、世界を駆けめぐる。ハイテク企業の罠、熾烈な諜報戦、そして日本外交の暗闇…。わが国に初めて誕生した、インテリジェンス小説。


 これもずいぶんと長い間(たぶん4年近く)積んでいたがようやく読了。解説には佐藤優さん。
 インテリジェンス小説ということで、そうしたジャンルは良く分からないのだが、現代的なスパイ小説・情報機関を扱った小説といったところか。
 敵対国家に目をつけられて、襲撃されるとかそうした世界の裏舞台の話というようなスパイ小説のような(読んだことないのでイメージだが)ことは最後を除いて存在せず友好国・第三国内で細かな情報を得て、それと公開されている情報をもとに色々推理している。そして、そうした推理から得た結論から、フランスの警察と協力して北朝鮮の目論見(兵器の購入)を打破したりしているが、敵国に進入したり、情報をある場所(敵国の高官など)から直接抜き取ったりということはしていない。
 しかし「インテリジェンス小説」ということで、世界規模で話が進むな。精巧な偽100ドル札、通称ウルトラ・ダラーをめぐる物語。イギリスの情報機関の一員で現在はBBCに勤め、日本に在住しているスティーブンが主人公。別の国の情報機関とも持ち札の情報を全面的に明かすことはなくとも、情報を盗ったりなんてことをせずに、友好国ではあるけれど、それなりに友好的に情報をそれなりに交換したりしているというのはちょっと意外だったな。そしてもっと互いに信を置かない殺伐とした関係で、情報は1から10まですべて自分たちで集めるもんだと思っていたよ。そして彼らが知的階級の普段の付き合いの延長線上みたいな感じの付き合いかたをしているのね。
 しかしこの小説では人物間の関係がドロドロしていないことやしかるべき人間にはスティーブンがそういう仕事に従事していることは知られているので、誰にもバレたらいけないとかそういう胃が痛くなるような緊張や不安を抱くことなく読み進められるのはありがたい。
 北朝鮮の偽札工場、総工費5000万ドル(さらにそれに情報工作・情報入手で掛かる費用)とものすごい規模で偽札を作っているのは想像以上に大規模で、思わず目を剥く。
 ウルトラ・ダラーは、闇市場では100対89の比率で交換されるというのは驚いてしまう、本物の9割の価値を持つ偽札って何ごとよ。
 小説と思って読み進めているところに金正男金賢姫など実際の人間の名前が出てくると、これは一体どこまでがリアルなものなのか気になってしまうな。
 外務省高官の瀧澤はスティーブンには好意的だが、露骨に親朝的で露骨に怪しい人物。最初から北の勢力下でなく、この小説本編途中ではじめて北に脅されているのを見て、そのずっと以前から身も心も北に売り渡した人間だと思っていたので驚きだわ。いかにもチシキジンやテレビのコメンテーターがいいそうなジョーシキ的なことばかり言っていて、あきらかに日本の国益を守ったり、他の国相手に自分たちが有利な条件を主張し、それを取り付けることができなさそうな――逆は容易く、良心の咎めなくできそうな――人間だったからなあ。そんな人間が高官にいるのはこの本はフィクションだが、そのことには非常にリアリティを感じてしまうから笑うに笑えないわ。
 本筋とは関係ないがスティーブンの子供時代、自分の家のマナー・ハウスの鍵の掛かった大扉に何があるのかバトラーのジェームスに尋ねたら、海賊だった先祖が集めた宝物がいっぱい詰まっているなんといったので、子供だったスティーブンは『どんな宝物か教えてくれたら、爺やが大好きなハリボーの飴を三つあげると持ちかけてみたんです。』(P179)というエピソードは微笑ましくていいな。
 成島はいくら不遇な身の上とはいえ、やたらに高価な収入を賄賂みたいな形で受け取って、その金を特に懊悩もなく使うとは、モブキャラの描写に時間を無駄にそそいでも仕方ないかもしれないけど、なんだか軽すぎるという気がしないでもないな。
 後世に審判を任せるべき、日朝交渉の公電が最初から書かれなかったというのは、小説中のことなのだが、本当のことをいっているようにも聞こえて、本当のことだったら恐ろしい。
 最初は偽札による経済的な話(通貨のテロリズム)と見ていたものが、彼らの最終目的を現在のさまざまな状況を考えてみた推測した結果、彼らは偽札で稼いだ資金を使って兵器・巡航ミサイルなどを購入したという情報を得るかもしれないことがわかったことで、軍事的な話(核兵器テロリズム)へと変わっていく。表には(裏にも?)北朝鮮しか出てこないが、彼らが強化されることで、米軍はそちらに力を入れざるを得ず、そのことで台湾海峡における米中間のパワーバランスも変わるなど、東アジア規模のパワーバランス大きな物語になっていう。
 そしてそうした情報を知ったことで、スティーブンは友人からの頼みもあり、踏み込んだ協力をすることになった。そしてフランスで行われようとしていた兵器の取引を阻止して、取引をしようとしていた人間を逮捕することに成功した。しかしそのことで、彼は北朝鮮さいどから恨みを買ってしまう。
 その結果、スティーブンは彼女を敵に捕らえられる。彼らに来る場所を誘導されて、自らの危険を顧みず彼女を助けに行き、そこで銃撃を受け、また銃で敵を打ち倒すという、最後はそれまでのトーンとはだいぶ違う、スパイ・冒険小説的な(上でも言ったがイメージ)見せ場のシーンだな。