クジラの彼

クジラの彼 (角川文庫)

クジラの彼 (角川文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

『元気ですか?浮上したら漁火がきれいだったので送ります』彼からの2ヶ月ぶりのメールはそれだけだった。聡子が出会った冬原は潜水艦乗り。いつ出かけてしまうか、いつ帰ってくるのかわからない。そんなクジラの彼とのレンアイには、いつも7つの海が横たわる…。表題作はじめ、『空の中』『海の底』の番外編も収録した、男前でかわいい彼女たちの6つの恋。有川浩がおくる制服ラブコメシリーズ第1弾。

 恋愛と自衛隊がテーマとなった短編集。有川小説名物のベタ甘な恋愛が楽しめる。恋愛を描いた作品は、こじれている、こじれていくのを見るのが嫌だから苦手だけど、有川作品はそうした心配をせずに安心して読めるから、好きだ。この短編集には別作品の作品のキャラクターが登場する短編(「海の底」の前日譚と後日譚、それから「空の中」の後日談)が収録されているということだから、両方呼んでから読もうと思っていたので、読むのがだいぶん遅くなってしまった。特に「海の底」がすごく面白かったので、「海の底」を読み終えてから、この本を読むのを我慢するのはちょっとつらかった。ただ「空の中」はあまり好み出なかったので読む手が遅々として進まなかったということもあって、「空の中」を読み終えてから少しだけ置いて読むことになったが。
 「クジラの彼」表題作。「海の底」の前日譚。冬原の話だけど、冬原の彼女視点で話は進む。題名から空の中の短編かと思ったけど、潜水艦=クジラってことのようだ。しかし「海の底」作中に冬原に彼女いるって話が合ったかはちょっと覚えてない、たぶん書いてあったのだろうが、ので作中時点で付き合っていた彼女がいたのは少し意外に感じた。彼女の家で、冬原がちょっと言葉足らずで聡子(彼女)を泣かしたときに、彼女を近くにあったタオルで拭いたが、それを彼女は内心『それ、きのう髪拭いてほったらかしてたやつなんだけど、とはこの状況では言えない。自業自得なので黙って拭かれる。』(P26)と思っていたことが書かれるなど、シリアスになりそうなところでも、ところどころに間の抜けた妙なリアリティがある笑える描写があるので、シリアスにならずに読めていいなあ。有川小説の恋愛話はそういった描写があるから気軽に面白く読むことができる。
 しかし聡子の上司、社長のバカ息子でストーカーチックなやつ、はひどすぎて、彼女と冬原は職務上なかなか会えずにいたから、そいつに聡子が粘着されているのを見ているとフラストレーションがたまったので、早くヒーロー(冬原)出てきてくれって切実に思ったよ。そして最後に冬原が登場したことで、やつを追い払えて良かった。まあ、臭いが酷いヒーローで、あまりしまらなかったけど。
 「海の底」で描かれた事件の直後に、冬原は彼女を訪れて、そこで尊敬していた上官を亡くしたことを声を殺して泣いていたようだ。彼もそれまで子供たちの世話もしなければならなかった。なすべきことをなすために押し殺していた思いが彼女の前でようやく吐き出せたというのだから、冬原に彼女がいてよかったと思える。
 「ロールアウト」自衛隊の航空機につくトイレの話。それまでカーテンで仕切られているだけだったのをなんとか個室にしようと頑張る話。トイレ、トイレとかなり言っているけど、下品でない。現場で当然に欲しい、というかあって当たり前のもの(トイレ)をコスト的に足らず、重量的に余計だから削ろうというように、設計や現場に出ていない人は当たり前にそう発想してしまうが、私たちはその機体を30年使い続けることになるのだけど、あなたたちはトイレの壁を削ろうとしているが、実際にそうした状況で大便ができるのか、実際してみなさいよといわれてようやく設計を見直すことになる。航空機のメーカーといっても自衛隊の航空機という日常から遠いもの、彼らに取っちゃ使うものでなくどういった性能かという観点が主だから、人間として当然必要な尊厳を無視して、機能性・コスト性を求めてしまうのかね。
 「国防レンアイ」実態は知らないが、リアリティのある自衛官男女の恋愛。伸下の一途さはリアリティあるかしらんが。
 「有能な彼女」「海の底」の後日譚、夏木そして森尾望の話。本編には二人が普通に恋愛関係になったあとの描写はなかったから、今回二人の恋人たちの普段の生活を垣間見ることができてよかった。夏木が、自分が望につりあっているか自信ないし、年の差もあるしなんて考えてプロポーズするのに躊躇しているのはなんだかイメージになくて、そんなことを気にしているのはちょっとほほえましい。
 「脱柵エレジー」外の恋人と会うために、ロマンチックな気分にひたりながら脱柵を試みて、あるいはかつて試みて、つかまった人の話。自衛隊にいる人間がいかな覚悟を持って脱柵を試みたのか、分かってもらえないこと、そして恋人は待ち合わせ場所まで行くことを躊躇してしまうことが多いようだ。
 「ファイターパイロットの君」「空の中」の後日譚。女性パイロット光輝と航空機メーカーの技術者高巳の話。二人が夫婦となって子供が生まれている、幼い子供から聞かれる形で彼女との初デートを高巳が語るが、その話は甘くていいね。光輝は好きなキャラだけど、ちょっと現実離れしているようなキャラだよなあ。しかし家庭に入らないといって、光輝に嫌味を言う義両親には思わずムッとしてしまう。