蹴る群れ

蹴る群れ (集英社文庫)

蹴る群れ (集英社文庫)

内容紹介

選手、指導者、サポーター。世界中でサッカーに携わる人々の生き方を綿密に取材した傑作ノンフィクション。文庫化にあたりボスニア・ヘルツェゴビナ代表選手・ジェコの章を追加。(解説/高野秀行)

 この著者の本はスポーツについて書いたノンフィクション作品の中では群を抜いて面白いし、単にそのスポーツのことだけでなくもっと視野が広く、サッカーと同時に世界・社会についても書いているから好きだ。著者は解説の高野さんや一部の序で本人の筆で書いてあるように「サッカーを観ることで世界を知ることはできる」というスタンスで、そのサッカーを通じて見えてきたものを読者にも伝えようとしている。
 この本は三部構成で計18章で、各章でそれぞれ一人か二人の選手(冒頭のイラク代表は例外的だが)にスポットをあてている。そしてそうしてスポットを当てた選手やその周囲の人間について取材することでその選手の背景、その選手の国の背景まで書いているので、サッカー選手についての話を読むと同時にある国のある時代の状況を知ることができる。
 「第一部 歴史から蹴りだせ」は、トルコのイルハンを除いて絶えざる戦闘などで国情が不安定だったり、独裁政権下でプレーしていた選手たちの話。「第二部 日本サッカー稗史」は、語られることの少ない、本当の意味で地域に根ざしている小さな少年世代を中心として大人の世代までをフォローしたチーム、バブル期・創生期の女子サッカー、知られざるかつての高校最強チームである在日朝鮮人の高校など日本サッカーの傍流を見る。「第三部 守護神を見ろ」他のフィールドプレイヤーとは得意な位置にいるゴールキーパーたちにスポットが当てられる。
 こういった本はなんと呼ぶのか分からなかったが、解説で「短編ルポルタージュ」という言葉が出てきたので、短編ルポルタージュ集と呼べばいいのかな。
 第一部。
 「イラク代表旅行記イラクの五輪代表チームにはシーア派スンニ派クルド人もいるが和気藹々としている。イラク代表の選手たちの移動のバスにまで乗せてもらって、かなりフレンドリーな状況で取材していた。
 彼らは(当然のことながら)誰もがアメリカを侵略者とみなしていた。そして彼らの五輪出場が決まったときに、アメリカの新たに自由になった国がオリンピックに参加していると世界にアピールしたことに、そして侵略者に抵抗する人間をテロリストと扱っていることに彼らは怒っている。そしてフセインが酷かったからで仕方のないことと捉えている人間はおらず、誰もがアメリカ軍に「一刻も早く出て行って欲しい」と思っている。戦争終結後5万人のイラク人が殺され、ホームで試合が開催できない状況(2013年のw杯予選もそうだった)が続く。
 「デヤン・サビチェビッチ」の章ではモンテネグロセルビアから独立するときのことを扱っている。しかしモンテネグロセルビアは人種は異ならずほとんど出身地の差異であった。しかしこの投票によって、独立に投票する人間は自分はモンテネグロ人、連合に入れる人間は自分はセルビア人という規定することになった。そのため家族でも兄弟姉妹の中で、セルビア人・モンテネグロ人が割れ始めるという事態が起こっていた。
 レバノンイスラム教一色の国ではなく、キリスト教徒もかなりいるようで(議席数がイスラム教徒と同数の議席が充てられているのだから)、イスラム教・キリスト教の宗派もさまざまで多くの宗教、宗派の集団を抱えた国だということは知らなかった。
 「エディン・ジェコ――ボスニア内戦で生まれたダイヤモンド」内戦時のサラエボは、彼はスナイパーが多数いて外に出るなら死を覚悟しなければならない状態でも、ボールを蹴り続けた、文字通り命をかけてサッカーを学んでいた子供だった。そんな子供は彼一人ではなく、他の子供たちも、サッカーをするために外にでていた。もちろん外では危ないからガラスが散乱する体育館の中でトレーニングをしていたが、そこに行き来するまでの道中に死ぬ危険性があった。水道が使えない状況で、女性が水を汲みに行くのに殺されても恥ずかしくないように外に行くときは常に薄化粧をしていた時代のことだから、そうした学校の体育館までの行き来ですら安全とは程遠かった。ジェコというサッカー選手はそんな時代に少年時代をすごした。
 第二部。
 「小幡忠義――東北サッカーの逆襲」小幡が40年前に作り、現在まで続いている本当の意味で地域に根付いた少年サッカーチーム。この章の話は、古きよき時代って感じのエピソードが多く出てくるからちょっと癒されるわ。
 「リンダ・メダレンとその時代――世界最強リーグが存在した」バブル期の日本の女子サッカーリーグの話。世界最高峰の女子サッカー選手たちを獲得して、バブル期といった時代背景のおかげで非常な好環境でサッカーに打ち込め、世界のトップクラスの選手たちと対戦できた、「毎週がワールドカップ」といえるようなリーグとなっていた。世界トップの選手と戦うことが日本人選手たちのレベルを押し上げた。
 第三部
 「土田尚史田北雄気」Jリーグ創生期から同じチーム(浦和レッズ)で実力的にも拮抗して、競い合ってきた二人のキーパーの物語。ここまで相手を猛烈に意識したライバル関係はちょっと珍しいなあ。
 「リュシュトゥ・レチベル」02年W杯で3位になったトルコ代表のGK。彼に取材に行くときに拾ったタクシーの運転手が彼のファンで急にやる気を見せ始めたという冒頭のシーンと、そのタクシーの運転手が彼に直接サインをもらった後に帰りの社中で俺が奴をキーパーに育てたんだなんて言い始めて、著者はGKは確かに心が大きくなければ難しい仕事だと感じたというラストのシーンは面白いなあ。リュシュトゥ本人への取材は02W杯では実は病で痛みがあったが、トルコで起こった震災に見舞われた人間を勇気付けるためにも奮戦していたといういい話であるのに、このタクシーの運転手の存在のおかげでこのしょうが一気にコミカルな色調になってしまった(笑)。
 「村岡博人」ユニバーシアードで、戦後初の海外遠征に行ったときの日本代表のゴールキーパーだった人への取材だけど、基本的には彼は記者としても有名な人らしいので、サッカーのことよりも記者としての話のほうが分量多いな。