大聖堂 下

内容(「BOOK」データベースより)

トムの死後、息子が引き継いだ大聖堂が建築途中で崩れ落ちた。焼失に崩壊…大聖堂は呪われているのか?一方、職人の才能を開花させたトムの弟子のジャックは、ヨーロッパで修行しながら旅浪していた。新しい建築技術を取得した彼は、フィリップと大聖堂を救うべく町へ帰還、物語は感動のクライマックスへ。

 600ページを上中下巻で1800ページとかなりの分量の小説だったのに、読み終えるのに一月も掛からず、自分的にはかなり早く読み終えることができた、こうしたかなりの長編をまとめて読んだのは本当に何年ぶりだろう。基本的に複数の本を平行してちびちび読んでいるし、分冊されているものは一冊読み終えるごとに、同じものを読み続けるのは飽きるから、しばらく違うものを読みたいと思って、間を空けることが多いから続けざまに読むことはめったにないからな。まあ、家で読むと他の本もあるから、読むのが精神的に辛い苦難が続く展開やこれからどんどん厳しいことが待ち受けているだろうという不安感があると、直ぐ他の本に浮気してしまうから、上巻は家で読んでいたから一番時間が掛かったのだが(もちろん物語の入りばなが一番読むペースがつかめなくて時間が掛かるということもあるが)、中巻と下巻は電車移動の時間に読んで、他に本がない状況で読んでいたということもあって、かなりのペースで読み進めることができた。そして、それまでは少し読むとこれ以上読むの精神的に辛いってなって、他の本を読んでいたから気づかなかったが、そうした状況で読んで初めて、そうした辛さは変わらずとも電車移動の間に結構な分量を読めていることに気づき、それでこの本がかなりリーダビリティーの高い小説だって事に気づいた。
 前巻終わりからウィリアムが正式に伯爵となり、襲撃されて落ち込み衰退しつつある町のムードを取り戻すためにフィリップは大聖堂の工事を急かしたが、突貫工事のために崩れ去るなどこの巻の冒頭で物語の底を打った。しかしこの物語の沈滞して、光が見えない暗くなっていたムードも50ページあたりで、アリエナが旅立ったジャックに会うためにキングズブリッジからも、英国からも飛び出し大陸にわたることを決心したシーンから、一気にそれまでの暗いムードを振り切り、まだ何も始まっていないが物語がこれで好転する、ここからはもはや悪いことは起こらないだろうと読んでいて感じるような、物語の雰囲気が一挙に変わるだろう予感がして、物語が好転する方向へと変わった音が聞こえるようだった。なので、それからは後は上がるだけだと思ってポジティブになって読めたし、少し再びウィリアム・ウォールランの暗い影、陰謀、があったとしても、ここからは無事に切り抜けることができるだろうと確信があるから安心しながら読み進めることができて、物語の雰囲気が変わって明るくなったときには思わず顔がほころんでしまったし、そこまで暗いこと続きだったから底からはいい事が起こると、今後もいい事が続くだろうという確信と不安が極小になったということがあるから、素直に喜べて、背筋がゾクゾクするほどの気分の高揚を味わった。
 今まで中世描写が緻密で面白かったし、リーダビリティーの高い小説だとは感じていたけど、そうした中世の世界観が一番の見所だと思って、物語的には上手くいくごとにそれを暴力(ウィリアム)で停滞・退行を余儀なくされ、主要キャラもその影響を被って彼らも不幸になるということが続いて、読んでいてどうせ積み上げても崩されるという暗い予感に、不安にとらわれてしまいあまり楽しむことはできなかったけど、こうして物語が好転していく雰囲気になって、ようやくこの本が面白いと素直に思うことができたし、自分でも戸惑うくらい強い喜びの感情を覚えた。そして、この巻になってそして残り500ページ以上ある段階で後は上り調子でなにごとも上手くいくだろうという確信を持ったので、この下巻はきっと素晴らしく面白く感じながら読めるだろうと思い、実際にこの巻はストレスを感じることもなく読み進めることができて良かった、いやあ上中巻を苦労して読み進めたかいがあったというものだ。良かったよ!
 しかしアリエナがジャックの子を孕み、リチャードとは一度も成功しなかったというのはなんだかホッとする。普通なら男のほうに同情すべき場面だけどね、今回はねえ。
 アリエナが大陸に行ってから今までの因縁、しがらみから遠ざかって物語の暗さ、不安もなくなっていい感じ。それにジャックはスペインで、アラビア語の書物を翻訳するイングランドの学者たちと共に暮らして数学を学ぶなど、大陸でのジャックとアリエナの話(再開し、ようやくくっついて一安心)は、それまで描写されていなかった事物だったり土地の違いなどが書かれているので物語が一気に広がって開放的になっていい感じだ。
 ジャックは大陸で新しい建築技術を知り、そうした建築技術を使っているフランスの聖堂の建築現場で働くことで技術を習得する。そしてそこが完成して王族貴顕たちを呼び、式典を開いて、民衆も多く集まったが、彼らが期待していた見せ場がなく暴動気味になっていたところを、ジャックはとっさの機転でスペインから持ち帰った温度差で瞳の石から涙を流す木造を手に取り、彼らが望むパフォーマンスをして、そのときちょうどその像の瞳から水がこぼれだしたので、自分はそれをキングズブリッジの大聖堂の建築頭を任され、この像を持ち帰るのだと大物たちを前に宣言すると同時に大聖堂建築の寄付金を募って、混乱を収拾した。そうすることでジャックは自分が建築頭となる既成事実をつくり、大聖堂建築がストップしているがそれを再開するのを後押しするだけの金銭を得ようとする。そして、そこからキングズブリッジへと帰るたびが始まり、その道道でその像を使って寄付金を募っていき、また、その像はその道中で大きな反響を呼び起こした。そしてその帰り道で思いがけず父の故郷に足を踏み入れ、ジャックが父そっくりの外貌をしていたということで、自らの親戚とはじめて対面する。
 フィリップはジャックがサラセン人役の人を雇ったり、あるいは健康な人に病人を演じさせて奇跡の演出をさせているなどペテン的な手法を用いていることに気づき、その像を疑って、そうした奇跡を演出したジャック自身も信じているとは思えないので、その像をキングズブリッジに建築される大聖堂のしかるべき位置に置くことはキングズブリッジがある教区の大司教が人が呼べそうだということで歓迎していたしそうなることを望んでいたのに、微妙に暗雲が漂っているが、そうこうしているうちに、その像の前でひざまずいていた、大聖堂崩落の際に身内を大勢亡くして失語症になっていた女性が言葉を発したことで、本当の奇跡が起こったことで、ジャックも呆然としたが、フィリップがジャックはペテンを用いたが確かに奇跡を起こす力があるらしいと判断して、大聖堂に置かれることとなり、ジャックにその大聖堂を建築することも同時に決めた。
 そして建築頭となるのに、アリエナはアルフレッドと離婚していないことが問題視されたため、ジャックとアリエナは同じ町にいてよいが別々に暮らすこととなった。フィリップはジャックがこの町を出る前にしたことについて反省していたため、自分もこんなことをしたくないと思いながらも、そうした条件を出した。当初は1年くらいで離婚、というより同衾していないため結婚の無効が成立すると見られていたが、ウォールランの妨害によって結婚の無効がなかなか成立せずに、結局10年以上同じ町に生活して互いに頻繁に顔を合わせながらも別々に暮らすことになった。しかし結婚無効が認められないからといって、彼が悪いわけでもないのにフィリップに当たるなよジャック、見苦しいというか、フィリップがかわいそう。
 ジャックがウォールランにかつて自分の父をしに至らしめた偽証の事実を突きつけらことについて、ウィリアムが『おれにわかるくらいだから、ジャックにわからないはずがない。』(P185)といっているが、彼は自分がバカだと気づいている、強い武力を持つバカかあ。彼はそれまで思っていたよりも実はずっと厄介な男のようだなあ。
 しかしリチャードは生活力はないが、軍人としてはガチで有能だな。彼は天性の軍人で、戦好きで、勇敢で、何もせずにだらだら過ごしていても戦闘がおきるとなると頭脳の曇りが見られず、かつてと変わらず戦闘時の思考が冴え渡る。
 ウィリアムの再度の襲撃を察知して、突貫工事で街と修道院の総力を決して町壁を作り、街の民全員で憎きウィリアムの軍勢と対峙し、損害微小で相手を街に踏み入らせずに彼奴らを撃退する。この災厄をついに撃退しおおせたことで、これでこの物語はもう悪い出来事が起こることはないだろうという思いが強固になり、安心しながら読み進めることができた。撃退する前でももう物語は悪い方向に振れないだろうとは思いつつも、ウィリアムが襲撃を計画して、実際にやってきたことで少しの不安もあったのだが、撃退したことでそのわずかに心の中に残り強固にへばりついていた不安もようやく払拭された。
 フィリップはこの事件を契機に、リチャードを街の防衛をさせるために警備隊長として町壁の建設も始めて、国内で指折りの要害の固い町となったようだ。しかし、そうやって町壁を築くことができたのなら、なぜ焼き討ちされた後早急に壁を作らなかったのか理解に苦しむ。一番必要だと感じていてしかるべきなのに、二度目の襲撃があった後に防衛体制を整備して、壁を作るとは遅いという思いがある。まあ、結果的に二度目の襲撃では被害泣く撃退できたから、結果オーライともいえるけどさ。
 ウィリアム・ハムレイ、知恵袋だった母親が死亡したことで、いよいよ没落のときが近くなったと感じて嬉しくなってしまう、吉報だ。彼が覆滅されるときはいつになるかと待ち遠しく思える。
 異常気象で物価高騰、庶民にとって生活が、領主(フィリップ)にとっては経営が苦しくなってきたので、石工らを一部解雇し、賃上げも一時停止することとしたが、ジャックの話し方が悪かったということ、そしてアルフレッドがキングズブリッジの現場で立ち働いている石工たちに働きかけて良い条件でウィリアム・ウォールランのいるシャーリングの司教館を建築する仕事の口があることを教えたので、彼らはシャーリングに職場を移す。困窮したアルフレッドが父トム・ビルダーの恩を語って、現在でもアリエナの名目的な夫であるのに、恥を気にせず頭を下げたためジャックは彼を雇い、彼はジャックの下で仕事をすることになったが、内側に厄介な人間を抱え込んでしまい、ちょっと不安になっていたので、そうした形でウィリアム側につき部下を引っこ抜いた程度で済み、ホッと一安心。
 その異常気象で自分の村を捨てたアウトローたちが大勢キングズブリッジに襲撃をかけてきたことを見て、アリエナはリチャードに彼らを糾合させて、彼の領地を襲わせて、彼を伯爵にさせようという考えが浮かび、リチャードもその考えに引かれて実行に移す。
 そうしてリチャードはアウトロードもを組織して、彼が指揮してアウトローたちを見事に統率しながら、ウィリアムの領地で散々略奪を仕掛けて、あの野郎にダメージを与えているのは思わず表情を崩してしまう。いやあ、ウィリアムがリチャードを見て煮えたぎる思いを抱いているのは実に痛快。中巻終わって、もはや伯爵領がリチャードの手に入ることはもうないとあきらめていたから、予期せずこうして再びウィリアムに対抗することができ、奴を翻弄しているのをみると本当に嬉しいよ。
 そして夫を憎んでいるウィリアムの妻の助けもあり、リチャードが城を制圧することに成功して、領地を奪還してあの男を追い落とすことができたのはまことに慶事だ。そして彼岸成就したときにアリエナの叫びには心を揺さぶられる。リチャードは次代の王をモード女帝の息子ヘンリーにすることを認めて、そう協定ができていたことで伯爵に復帰することが叶う。しかし王位継承のごたごたがこうして彼に、主役級サイドに、味方することになろうとはな。
 ウィリアム、父が伯爵領を得る前から所有していた父祖の地ハムレイ村がまだあるようだから、この男はそこで細々と生き死ぬことになるのかと思いきや、ウォールランにそそのかされて州長官となり伯爵並の力を得ることになる。一度追い落としたというのに、また邪魔をできる地位に復活してくるとは、こいつはゾンビーかとイラつきながら思う。まあ、あいつはリチャード、アリエナ、フィリップこそその称号が相応しいと思っているだろうが。実際彼らを何度物語で突き落とすんだというくらい試練に晒したくれたからな、ウィリアム、そして作者。
 キングズブリッジの副院長リミジアスはウィリアム・ハムレイ側に裏切っていたが、彼が伯爵領を失ったことで、乞食に近い身と成り果てる。彼がごみをあさっている姿を見たフィリップは、リミジアスは自分のことを嫌っていることを知っていても、修道院にヒラの地位でだが再び戻らないかと話しかけ、彼が泣きながらそれを承諾するのを見て、『悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてより大きな喜びが点にある』と聖書を引きながら語り、自分が馬を下りてリミジアスを馬に乗せて、キングズブリッジに戻る。フィリップはこの出来事に大きな価値があると晴れ晴れとした気分を抱いているのを見て、彼の宗教的な一面を改めてみることや零落した人間(リミジアス)がプライドを捨てて彼の元に返ってきたことは感動的だ。今までフィリップは領主として、実際家としての面ばかり見てきたから、よりこうした宗教的な感動的なシーンを見たときに感じる思いも大きいな。
 アルフレッドはウィリアム失脚で再び困窮し、ジャックへの逆恨みからアリエナを強姦しようとするが、ナイフを持って彼女を脅していたところを見て、リチャードが自分がかつて受けた屈辱を想起させて彼は激怒してアルフレッドを殺した。その失をウィリアム・ウォールランがつき、まだ王はスティーブンであるため、そうしたことから、彼を逮捕しようとして罰しようとするが、修道院に逃げたためなんとか無事で済む。そしてその問題解決のため、リチャードが自ら小十字軍を組織して聖地へ行くことをフィリップが提案して、根っからの軍人で先頭・名誉を愛するリチャードはその話をいい話だと思って、聖地へと出発して、そうした態度を示したのでスティーブン王も赦免する。しかしフィリップは、リチャードが領地経営の才がなく修道院から石切り場を取り上げたから、リチャードに彼が臨む場を示して、アリエナに領地を支配させて、石切り場を再び使用できるようにするという一挙三徳の策をすぐに思い出せるとは、上巻のときからは信じられないほど巧緻・老練な政治家になったなあ。かつては純で危ういくらいにどこまでもまっすぐな人だったのにね。まあ、あまりにそうして危ういと見てて騙されないかと冷や冷やしてしまうから、そうして成長したのは読んでいるこっちとしてはいいことだけど(それにそれによって、彼の性格が大きく悪く変わったということもないのだしね)。
 ウォールランは、ジョナサンがフィリップの息子ではないか、それで彼をひいきして高い地位につけているのではないかと讒言して、裁判の判決を下す者もフィリップに恨みを持つものを持ってきて有罪にする気満々だったが、そうした窮地に陥ったことで本格的にジョナサンは自分の親を探して、フィリップの疑いを晴らそうとする。フィリップはトム・ビルダー一家に彼を拾ってから一日、二日後にあったとこを思い出し、そこからジョナサンはジャックにまず話を聞くが、そこから一気に自分の出生を知ることになる。そしてジョナサンとジャックは教会嫌いのエリンを説得して、彼女に証言させて、そうした疑いを晴らすことで、ウォールランの悪巧みを阻止する。それどころかその証言が真実かについて疑念を表明したウォールランに対して、エリンとリミジアスというかつてフィリップを嫌っていた(いる)二人が、かつて(50年弱前)のウォールランが偽証した事実を法廷で証言して、完膚なきまでにフィリップ有罪にしようとしたウォールランの試みを打ち砕いた。
 ヘンリー王と敵対しているトマス大司教をウィリアムが殺害して、ウィリアムは再び力を得ようと試みたが、フィリップが民衆が彼の死を殉教だと思っていることを見て取り、その直後からトマス大司教の死は殉教だと喧伝して、その言葉をイングランドの民衆に、ローマ教会世界に広めたことで、ウィリアムがついについてに処刑されるという歓喜のときを迎える。
 ウォールランは自分の行いを心底反省して、老境になってキングズブリッジの一修道士に身を清めることにした。そしてジャックに自分の偽証の、ジャックの父の死の真相を明かす。
 そして最後に民の声に抗えなかった王も、自分が直接指示はなかったが教唆したことを認めて、教会に頭を下げ、鞭を受けるというシーンで(民の力という巨大な力の発見をもって)物語は終焉を迎える。