ディスコ探偵水曜日 上

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

迷子専門の米国人探偵ディスコ・ウェンズデイは、東京都調布市で、六歳の山岸梢と暮らしている。ある日彼の眼前で、梢の体に十七歳の少女が“侵入”。人類史上最大の事件の扉が開いた。魂泥棒、悪を体現する黒い鳥の男、円柱状の奇妙な館に集いし名探偵たちの連続死―。「お前が災厄の中心なんだよ」。ジャスト・ファクツ!真実だけを追い求め、三千世界を駆けめぐれ、ディスコ。

 文庫版が発売して直ぐに買っていたのだが、九十九十九が登場すると聞いて、著者の「九十九十九」を読んでからにしようと思ったが、それを読むまでに時間がかかり、読んだ後も上中下の三分冊というボリュームに腰が引けて長らく自室の棚に鎮座したままになっていたがようやく読み始める。しかし3年も積んでいたのか。
 主人公である探偵のディスコの周囲の人が内面や外面が変化して――たとえば預かっていた子供が急に成長して未来のその子の人格になったり、その子の肉体に別の人間の魂が入ってきたり、そしてその子は梢の身体に入っているから自分の記憶が一部欠けている反面で梢の肉体の記憶が思い出せたり、あるいは知人というかセフレである勺子が彼が片思いをしていた人間(ノーマ・ブラウン)の顔に変化(整形)していたり――人の同一性とは何かみたいな話とか、あるいはタイムスリップについてどういう状況になっているのか、あるいは推理小説でたびたび書かれる探偵と事件の因果関係「この世の出来事は全部運命と意思の相互作用で生まれる」そういう運命なんだというのはそういう意思を持っているからそういう運命を引き寄せているみたいな話とか、色々考えてそれをどう理屈付けるかみたいなややこしい話についてあれこれと書いてあるからちょっと読みにくい。
 未来に残っていたディスコと「未来の梢」との間の手紙を読んだ、未来の梢はその手紙を引き写してそのまま書いている(自己申告)ようだが、文中でも言っていたと居りそれが最初に書かれて以降現在の「未来の梢」と同じように文面は引き写しているかもしれないので、今回起こった出来事のどこまでが予期されているのかがわからないな。それに未来の梢は星野真人や「202」など未来のヒントを意味深に口にしていたけど、それを言った前回以前の梢に違うじゃないかと前回以前のディスコが文句をつけたからそんな忠告をしたというのも考えられるから、純粋に現在ディスコの前にいる「未来の梢」が純粋に好意で忠告、どこまでが文面と同じように予定されたものだからなるべく過去を改変しないようにと口に出しているのかがわからない。現在の視点からでは、当然のことながら状況が一向につかめないから、どんな可能性も考えられ、そうした色々な可能性について作中でも色々と語られているから、よくわかんなくなってくる。
 未来を変えてしまうかもしれないから、当時亡くなった人の話を読まないし、当時の情報を調べないという梢の話、梢の懸念は、ちょっと考えれば分かることだが、そういわれればそのとおりだから理解できる。
 わりと直球なエロもバイオレンスもあるけど、文章のトーンがそれ以外と変わらないし、バイオレンスあってもさらっと流して、受けた側がダメージ追っていても平然として態度を変えていないから嫌な感じが残らないのはいいね。割とリアルにやばい戦いとなっても一瞬後には同じPCで情報を眺めるディスコと水星Cとか、暴力の権化に見える水星Cの暴れっぷりを眼前にして一切動じない名探偵連とか、その切り替えの早さや割り切りっぷりはシュールで思わず笑みが浮かぶ。
 梢の身体に入った桔梗という子はパンダラヴァーというわけのわからない犯人の被害にあって魂を抜き取られて自分でも分からないうちに梢の身体に入ってしまい、現在の幼い梢の魂は福井の現在連続殺人が行われ、奇抜な名前の名探偵たちが集結しているパインハウス館に霊魂としている。まあ、その他にも良く分からない、常識を逸脱した出来事――たとえば梢の膣から出てきた謎の指、水星Cの襲来など――ばかりが積み重なるねえ。
 11年後の未来からきた梢が最近起こったといっていたパンダ誘拐事件が、現在から11年前に(も)起こっていたことが判明して、梢も動揺しているようだが、彼女の未来はどうなっているのか、彼女は本当はどういった(パラレルな?)世界観のどういう時代から来たのか良く分からなくなってくる。
 パインハウスでの連続殺人で名探偵たちが集って、彼らが死ぬというのは、まったく同じ名称だったかはわかんないし、たぶんまったく同じ帰結になるとは思わないけど確か以前「九十九十九」でも書いていたよね。これに加えて作中で「九十九十九」という小説について言及しているから間違いないと思う。しかし、こんなところで著者の別の小説である「九十九十九」と繋がるとは思わなかったわ。
 ちなみにパインハウスで名探偵について語っているを見るとディスコは探偵ではあっても、名探偵ではないようだ。むしろパインハウスへの同行者である水星Cのほうが名探偵っぽい感じだ。しかし梢がとげとげ豚(いのしし)のぬいぐるみにはいって行動しているのはめちゃくちゃ可愛らしいな。
 しかしパインハウスについてから、ディスコは水星Cからこれまで失敗して死亡した名探偵たちの推理を次々に聞かされて、その後で名探偵八極が推理を開始する。
 水星Cが失敗し死亡した探偵のことをぼろくそに言っていたら、死んだ人の弟がそれに反発して叫び、殴り合いとなったが、それをディスコが名探偵・八極が帰りの新幹線まで時間がないから、しらけた目で面倒くさそうに見ているから、「やめとけってば水星」「八極君が困ってるだろ。もう八極君帰りたいんだよ」と言って水星を止めているのは笑った。
 そして直前まで水星の暴力があってちょっと混乱した状況だったのに、八極の推理が始まるときに「推理を始めます!」といったら、わざわざ呼びに行かずとも名探偵全員が直ちに自分の部屋から出てきて、あるいは遠地からちょうど良いタイミングでやってきて(戻ってきて)、「フィナーレにふさわしい雰囲気作り」をしているのは非常にコミカルで思わず笑ってしまう。
 八極の推理は梢や桔梗、あるいは勺子とノーマの話をするのに、生まれ変わりや魂が色々と6年前から移り変わっていた精神の玉(魂)突き現象が起こっていたというそれまでディスコが考えてもいなかった推理が披露される。はじめから超常的現象が前提にあるからそれを否定することもできず、またディスコの梢の魂がぬいぐるみに入っていると思っているが、他の誰からもそれが動いているところがわからず、それは彼の疑い深い探偵の職業病からきた障害がもたらした妄想であると談じられ、ディスコ視点をどれくらい信頼してよいのかが揺らぐ。八極の推理はそれまでの物語が積み重ねていたものを、かなり元のほうからぶち壊すような衝撃的なもので、また精神の玉突きのややこしさもあってどうなっているのか混乱するし、またまだ上巻だけどこの事件が物語の本筋でフィナーレだとも思わないから(梢が元の身体にどうやって戻るかだったり、未来の梢がいっていた出来事だったりもあるので)、途中の事件だからいつ終わっても不思議でないから、彼の推理を信頼してもいいのかわからず、ひたすら混乱する。
 まあ、仮にこの事件が終わればすべて解決という類の事件であったとしても、著者が舞城さんだから、「九十九十九」は主人公の名前は同じだが、それ以外のストーリや主人公の背景が違うストーリーが何個か束ねたものだったから、今回は上中下でそういうことをやる可能性もあるし、あるいは「NECK」のように今回はネック(首)でなく、ディスコというキーワードだけ共通する上中下それぞれ別個のストーリーを編む可能性も否定できないからどうあってもこの巻の最後を読むまで彼の推理が正解だったのか予想できないが。
 上巻の最後でその推理に参加した名探偵たちが、事件は終わったから帰るかというところでそれ以前の推理に失敗した名探偵たち同様に死んでいるのが発見されたので、結局のところ彼の推理はどこかが誤っていたようだ。しかし彼の推理で、彼女たちの正体が、自己申告どおりかということが疑わしいあるいは誤っているという事態が判明したので、彼女たちは結局何なのだということが結局分からなくなってきた。