ディスコ探偵水曜日 下

ディスコ探偵水曜日〈下〉 (新潮文庫)

ディスコ探偵水曜日〈下〉 (新潮文庫)

内容(「BOOK」データベースより)

弱いことって罪なの?悲痛な言葉が孤児院に木霊する。ムチ打ち男爵と泣き叫ぶ子供たち、神々の黄昏、ラミア症候群。「踊り出せよディスコテック。急いでな」。時空を超える旅のなかで、“地獄”を知ってしまった迷子探偵。彼が選択した究極の決断とは?ディスコ・ウェンズデイと名探偵たちの戦いはクライマックスへ。発表後即伝説と化した、舞城王太郎の最高傑作、ここに完結。


 文庫版発売して直ぐ買ったのはいいが、ずっと(3年)積んでいたがようやく読了。三分冊の本を3冊すべて積んでいるのはそれなりに気になるから、読まなければなと思っていたが、3冊で1400ページと言う分量に気圧されて(そしてよくわからん物語に振り回されるよりも、もっとわかりやすい物語を読むほうが好きだと自覚してしまったので)なかなか手が出せなかったが一念発起して漸く手をつけ、読み終える。
 ミステリー(推理できないけど)でSFだとは思っていたけど、セカイ系でもあったのか。そしてこの作品は神話的でもあるともなんとなく感じるし、他にも色々な要素が含まれている。そして結局この小説は究極的なところでディスコとその魂の恋人(ソウルメイト)梢の物語だったな。
 SSネイルピーラーも黒い鳥の男もディスコの気持ちのある部分から発生したものだというのは、どこからこの時の循環が始まったのかわからなくなってきたなあ、と思ったら本人が自分を糾弾するために作った黒い鳥の男であることを否定したけど、結局やはり彼の心が生み出したものであることが判明する。ディスコは流れに巻き込まれて翻弄されているように見えて、どこまでもこの小説はディスコと梢の物語であり、その物語にずいぶんと大勢の――世界中の――人々が巻き込まれているな。
 しかしパインハウスで名探偵たちが出るごとにホッとする、彼らが本作の中で一番の癒しだし、彼らのズレ具合は可笑しみがあってクスリと笑える面白さがあるから、彼らが登場するシーンが一番好きだな。
 おう、ディスコだけでなく名探偵たちも時を越えられるようになったのか。
 未来の水星Cとディスコ自身がパインハウスで、自分たちと名探偵たちの前にやってきたときに、「逃げるなよ。逃げる奴から、一人ずつ本気で殺すぞ」なんて大文字で言いやがっているが、水星Cはどんなことをやっても彼がやったのならと納得させられるむちゃくちゃな人だから、彼がそんなことを言うと本気で現在の自分たちと敵対するのかもと感じてしまいちょっと戦々恐々としてしまった。
 邪悪な黒い鳥の男と星野という二人とディスコが相対して苦戦しているときに、水星Cがやってきて不意打ちによる一撃で星野を始末したのは星野に対してもヘイトがたまっていたからそれを見て爽快な気分を、そして水星Cの暴力にはじめて頼もしさを覚えた。
 ディスコは本書の物語の始点である2006年から偶然/必然に2019年(子供の閾値をすする、「幸福」な、ディストピア的な未来)に飛んだが、現在からは2006年よりも2019年のほうがずっと近づいていることにちょっと驚くし、そう遠くないうちに過去へと移り変わるだろうことにはなんだかちょっと寂しさや物悲しさを感じてしまうな。
 子供を虐待して子供を「空」にして、それに死から逃れることを望む大人たちが、その肉体に入って、永遠の生を手に入れようとするそんなグロテスク極まりない行いがビジネスとしてこの2019年の未来に蔓延って、子供たちへの虐待に目を瞑りそうした事実を受け入れているという絶望的な未来にはゾッとするし、これまでの時空間の移動から、その未来が規定されていて避けようのないものだということがわかるからその救いのなさに絶望的な気分になる。
 2億人の子供たちが虐待によってから「空」にされ、そして3億人の子供がディスコによってそうしたことをされないように誘拐されているというのは壮大すぎて、天文学的数字過ぎてどういう反応していいのか分からないわ。2019年にそうしたビジネスが蔓延るという未来が分かっていて、これからの人生をささげて救えるだけの子供たちをそのビジネスをする奴らの手に渡らないようにあがく運命となっているのかディスコ。
 水星Cの存在が未来が規定されたものであるという考えから抜け出て、その未来をつぶせるかもしれないという希望をもたせる存在になるとは世も末だなあ。しかし水星Cは自分が意図してではなく、なにかの拍子であるいは未来の自分かディスコが何かやったせいなのか、自分の過去がスッパリこの世界から消されているという絶望しても可笑しくない状況であるが、妙にさっぱりしている、そのさばさばさには救われる。
 いつもの探偵業で犯人の考えを追うように、未来の自分の考えを追って、安全な子供たちの隠し場所を探すというのを見ると、この物語は循環構造が大きな役割を果たしているとは分かっていても、やはりちょっと不思議な気分になるな。
 子供たちを虐げる未来の世界が繁栄して子供たちが虐げられ続けるのを防ぐため、ディスコは子供たちを誘拐し続け、人類の歴史を停滞し、腐らせて、自分たちが生きていた世界を滅ぼすというのはとってもセカイ系チックだ。
 しかし出豆海はいいやつなのに、他の名探偵たちのように3億人の子供たちと共に「双子世界」へと行くことなく絶望的なディストピアの世界、誰もが子供たちを生まなくなりいずれ消えるであろう世界にパインハウスにいた面々の中でただ一人取り残されているのは哀れに思えてならない。
 水星Cは<悪>である、黒い鳥の男を比喩でなく食ってしまって、最後はどこかへ去っていくなんて最後までお助けキャラ的であり、神話的な人物であったな。
 しかし未来の梢でさえ、ディスコから分離したディスコの気持ちである人物(?)と付き合う運命にあることを見ると、とことんこれ以上ないくらいに二人は運命で結び付けられているのねと改めて感じる。