兵士に聞け

兵士に聞け (小学館文庫 (す7-1))

兵士に聞け (小学館文庫 (す7-1))

内容(「MARC」データベースより)

自衛隊は、戦後50年を映す鏡である。戦後日本の落とし子といういかがわしさのつきまとうもうひとりの自分が、鏡の向こうから己が姿を見よ、と訴えているような気がする…。日本人と自衛隊を問い直す渾身のレポート。

 自衛隊を職場とする自衛官たちの普通の悩み、自衛隊という組織についてあれこれとかかれることは多くても、書かれる事の少ない「職場としての自衛隊」(解説より)や普通の人としての一人ひとりの現場の自衛官たちの悩みや普通に生活をしている一人の人間としての自衛官の姿を書いているノンフィクション、ルポルタージュ。20年前の作品。軽蔑したり、持ち上げたりといった偏見なくそうした自衛隊員たちのリアルな姿を書いているのは好印象。自衛隊員たちに寄り添って、自衛隊の現実を克明に描いているので読んでいて面白い。そして組織としての防衛省については、おかしな部分はきちんと苦言を呈している。たとえば、そうならざるを得ないところもあることを書きつつも非実戦的な訓練をしていること、立派な武器や艦船を買っていてもそれを十分に運用できていない実態や徹底的な書面主義で災害時に柔軟な対応をできないところ、そしてトップの首相や自衛隊の上層部が責任を取らないから重大な責任が部隊レベルの指揮官に降りかかってきていることなど。
 4部構成。「第一部 鏡の軍隊」では戦後日本の矛盾を背負い、ちゃんとした軍隊にもなれないあいまいな存在であり、世間の冷たい目にさらされて日陰者を余儀なくされている自衛隊自衛官の悲哀を描く。 国旗が見えないところでも定時(午後5時)の国旗掲揚の際には、たとえインタビュー中であっても国旗が掲揚されている方向の壁に向かって立ち上がって気をつけをしているというような人が多いというのはへえ。
 取材当時(20年前)ですら自衛隊に対する強烈な拒絶反応や陰湿な村八分のような行為は『まだまだ少なくない』ということはやっぱりと思うけど、同時に悲しくなるね。川原泉の「アップル・ジャック」という短編漫画を思い出す、あれの最初の子供じみた嫌がらせをしていたシーンがあったが、あれほどオープンでないにしろ、陰湿な嫌がらせというのはこの時にもまだまだあったのだろうなと思うと少し胸が痛む。まあ、現在では当時よりもイメージがだいぶ好転していると思うけどな。
 花形の戦闘機パイロットにいる人などエリート部隊は成果を発揮する場面がなくて悩むが、本来の仕事ではない救難隊の人々、災害派遣の仕事は目に見える成果が出て社会に理解できるから、その仕事にやりがいを感じて燃える。本来の仕事では花形の部署でも、いや花形の部署であるからこそ、何かしらに出動する機会がなく、自分がやっている訓練が役に立つのかという悩みを抱えているが、本来の仕事でない部署・仕事では日々社会の役に立つことが実感できるから非常に高い意欲が出てくるというパラドックスが。
「第二部 さもなくば名誉を」では給与や出世に影響しなくても、怪我人を実践的な訓練も出来ず、何に役立つのか分からない、そんな日々の仕事に達成感や意味を見出せない中でも意味を見出そうと、普段の仕事では味わえない達成感を得よう、挑戦をしようとレンジャー訓練に挑む悩めるエリートたちの姿を描く。
 著者が実際のレンジャー試験を見たときの様子が書かれていて興味深い。崖をよじ登るのは高所恐怖症だからそれだけでもうきついし、それに睡眠が制限されるのもそうだが食事が制限されるというのを聞くだけでも非常なきつさが伝わってくる。
 厳しいレンジャー訓練であっても、訓練による人身事故でマスコミが報じられて自衛隊が危険というイメージを増幅させられてきたという過去から、武器を扱って戦う場面は非現実的な隊員たちが張り合いをなくすほどのあっけなく終わる設定での訓練となってしまう。
 「第三部 護衛艦「はたかぜ」」では海上自衛隊の姿を描いている。
 海上自衛隊では悪玉とされなかった、陸軍と比較して持ち上げられることも多く、船を扱うには特殊なノウハウがいるため、旧軍出身者が新たに自衛隊ができたときにも多く登用されたので海軍の伝統を良くも悪くも受け継いでいる。
 海上自衛隊の士官は、船が攻撃されてある兵器のスペシャリストである下士官が死亡したときに直ちに戦闘が不可能になることを防ぐために、なんでもそこそこ出来るジェネラリストであることが求められるが、さまざまな先端的な機器、兵器があり現在は学ぶことが増えたたため、それなりにわかってきたかもところで次の部署にとばされてしまい、しっかりとした知識が根付かない。
 そのため、結局多くの判断・実務が下士官頼りになる。またエリートコースを歩むと海上にいる期間が少なくなり、それは海上にいる期間を重視する下士官以下の世界と違うため、士官とそれ以外ではちょっと流れる空気が違い、断層がある。
 また、最新の船舶が多く新たに作られてきたが人間が増えないためどこも人手不足だという話やそうした船につまれた最新の兵器もほとんど試射など訓練も出来ないといった、実際にスペック通りの行動が出来るのか防衛力が不安に思えてくるようなことも語られる。
 「第四部 防人の島」自衛隊基地があり、彼らが落とす金を大きな財源としている北海道の離党である奥尻島を舞台として僻地での自衛隊、田舎の離島で閉じ込められている若者(自衛官)たちの悩み、そしてそうした地域のような小さな共同体で見える自衛隊と住民との関連性、困ったときは自衛隊頼りだが、田舎特有の強い排他性もあって馴染みきれない存在でもある。
 また、そこで起こった大きな地震と救災活動について書かれているが、その自身での被害は東北大震災と被る点が多いため、3・11のプレ版にも感じられ、なんだか変な既視感を覚える。その地震では津波での被害が大きく、重傷者が被害規模から想像されるよりも少なく、高血圧の薬など住民の持病の薬が足り予想外に足りなくなったことなど、東北大震災と似ている部分が多い。
 自衛隊という組織は、しかたないかもしれないが非常に官僚的で命令がなければ動けないから、救済活動で倉庫の缶詰を配るにも相当な手続きが必要で、それを待たずに配るには基地のトップがそうとう腹をくくる必要があったし、実際缶詰を手続き前に配ったら上級部隊からクレームが入ったというその紙面四角な対応振りに少しあきれてしまう。
 「第四部 帰還」はじめての自衛隊の海外派遣となった、PKOでの派遣部隊の一員としてカンボジアに行った自衛隊員たちの経験が書かれる。
 カンボジアでの自衛隊員たちの経験を彼ら視点で、実戦に近い場所にいったことで揺れ動く内面や、そこに行ったことで変わった意識についてなどが描かれる
 派遣部隊は施設科(工兵部隊)の人たちで戦闘部隊、エリート部隊ではない。
 派遣されたときには織り込まれていなかった仕事である投票所のパトロールをすることになったり、日本人ボランティアの殺害事件を受けて彼らを自衛隊が保護するべきだという空気はあったものの、それをできる根拠がなく、首相は言葉を弄して言いかえをしてのりきろうとして、本人は現地の部隊のために責任を取る気はさらさらないから、法律のはざまで実施方法は丸投げで、結局指揮官だったりそこにいる当人たちが腹をくくって、もし救出が必要な場面がきたり、襲撃されて応戦が必要な場面となったら罪人として裁かれる覚悟をもたなければならないという馬鹿げた状況にはむかっ腹が立つ。そして正当防衛なら許されるなんていう誤魔化しは、それなら結局部隊としての戦闘ができなくなり、自衛隊という部隊の指揮系統県をばらばらとする強い危険性を孕んでいた。
 また、派遣されなかった人達はPKO派遣という大舞台に行けなかった悔しさもあるし、その間抜けた人の分まで多く仕事をしていたのに誰からもたたえられず、派遣した人だけがたたえられるということもあり、彼らの中に鬱屈が少なからず生まれた。そして、その二者の間に少なからず温度差が生まれた。